成人して数年経っている大人がこんなことを言うと噴飯物だが、私はとにかく親が望む「いいこ」でいたかった。
いたかった、と過去形にしたのは、見せかけだけの「いいこ」を演じることがそろそろ限界かもしれないと感じているからだ。
私には秘密にしていることが多すぎる。本当の私は全然「いいこ」なんかじゃない。

「いいこ」を取り繕ってきた私の秘密

私は決して優等生タイプの人間ではない。
勉強は頑張って取り組んでも成果は出ないし、なんなら小学校一年生から授業をサボタージュしたこともあるパープリンである。「優秀な子」には逆立ちしたってなれなかったから、せめて表向きの素行や愛想だけは良くして「いいこ」にならなければとずっと気を張っていた。
私は両親が好きだ。特に母には頭が上がらない。「尊敬する人物は?」と聞かれたらまず間違いなく明智光秀公と上杉鷹山公と母を挙げるくらいには尊敬もしている。だからこそ好かれていたかった。
「いいこ」を演じることに疲れたわけではない。そもそもの演技力がお粗末なので、「演じる」というよりは「そういう風に取り繕ってきた」と形容する方がいっそ正しい。
これに限界を感じたのは、前述の通り秘密にしていることが多すぎるからだ。

一つ。一時期、昼の仕事と平行して夜の仕事をしていたこと。
二つ。例外はあるものの、私が概ねアセクシャル、アロマンティックだということ。
三つ。結婚するつもりがこれっぽっちも無いこと。
本当は背中一面に刺青を入れたいと思っていることや、父と母が思っている以上に借金があることなど、挙げていけば枚挙に暇が無いのだが、大きな秘密はこの三つ。
そもそも、うちの両親は過保護の部類に入ると思う。これは、私が兄妹の中で唯一の女であることと、そこそこの容姿をしていることが要因だろう。学生時分のアルバイトでだって「お酒を提供するお店はダメ」とまで言われていた。
そのため、お金に困ったからなどという理由でキャバクラ、ガールズバー、ラウンジで働いていたなんてことがバレたら、泣かれるどころではなく勘当されるかもしれない。恐怖である。最悪刺される可能性だってある。こちらも恐怖である。(タバコと刺青をやったら包丁で刺すと言われているので、冗談だと笑い飛ばせないのが悲しい。)
給料は良かったし、幸いなことに私のお客さんは良識ある人が多かったが、それでも夜の仕事をして両親を裏切っているという事実が辛かったし、体力的にもしんどかった。自分の中の何かが壊れていくような気がして、それもまたキツかった。
今思えばあれは「自身の性的対象化」が受け入れられなかったのだと思う。これは少し二つ目と三つ目の秘密とリンクしている。

アセクシャルでアロマンティックな私が持つ愛と結婚観について

突然だが、この文章を読んでいるあなたは、アセクシャルやアロマンティックという言葉をご存じだろうか。
アセクシャルまたはエイセクシャルとは無性愛のことで、他者に対して恋愛的な感情や性的欲求をまったく抱くことがない、もしくは抱くことが少ないセクシュアリティのことだ。そして、アロマンティックは他者に恋愛感情を抱かないセクシュアリティのことを指す。異性愛者に比べて圧倒的にマイノリティであることは否めないが、ここで誤解しないでほしいのは、アセクシャルやアロマンティックだからといって他者に対してまったくの無関心というわけではないということだ。きちんと家族愛や友愛を感じるし、慈愛の心ももちろんある。恋愛感情に発展しにくいというだけで、人によっては恋人がいたり、結婚願望がある人だっているだろう。
私の場合は、恋愛的な意味で人をほとんど好きになったことが無い。性欲はあるが、他者からの性的接触に関して言うと、絶対に無理というわけではないが一般的な人よりだいぶ消極的だと思う。恋人が欲しいと思ったこともほとんど無い。私の中にある愛は、そのほとんどが友愛や親愛という、人間愛に分類されるようなものだった。
ここまで言えばおわかりいただけるだろうが、そもそも恋愛的な意味で人を好きになりにくいのだから、政略結婚や偽装結婚などの打算が絡んだ結婚でない限り、結婚をすること自体に無理があるのだ。
全然ボールを返してくれない相手とキャッチボールが続きますか? ────答えはNoだ。誰だって、同じだけの気持ちかそれ以上の気持ちを返してくれる相手と番いたい、添い遂げたいと思うはず。
相手の「好き」と私の「好き」は違いすぎるから、私は自分が恋愛や結婚に不向きな人間だと、よくよく自覚している。

最大の親孝行ができないことはわかっている。脱「いいこ」へのスタート地点 

「孫の顔を見たい」と口にする両親への最大の親孝行は、結婚して子供を産むことだ。答えはシンプルなのに、それを現実にするのはどうしてこんなにも難しいのだろう。
私はきっとできない。ほとんど実現不可能な未来であることは私しか知らない。こんなこと、口が裂けても言えない……両親を悲しませるだけだから。
今までは仕事が忙しいから(本当にクソほど忙しかった)と言って、のらりくらりとかわしてきたのだが、これからはそうもいかない。年齢が上がっていくと、親からの結婚プレッシャーは年々えげつなくなるからだ。「呪詛かな?」と思うくらいにはその手の話題を出してくる。なんでもかんでも結婚に結びつけてくるのだから困る。きっと未婚の二十代半ば~後半の女性にとってはあるあるだろう。

この懊悩を両親に打ち明けることは無い。これから先もずっと無い。そんな機会あって堪るか、という話でもあるし、両親は「自分たちの娘は結婚すれば幸せになれる」とそう信じて疑わないので、私の性質や考え方が理解されることも無いだろう。
最大の親孝行もできない私は、もう「いいこ」でいられないことだけがはっきりしている。それにそもそも、私はもう二十代後半だ。毎日人生楽しいけれども、「いいこ」を演じるにしてはシンプルに薹が立っている。
険しい道だ。これから私は、「いいこ」ではない新たな自分の見せ方を模索していかなければいけない。