「ほら、今のうち」なんて言って、あの子がお皿をすり替える。
 あらかじめはじいてあったきのこをつまんで、素早くお皿の上に乗せて、また先生の目を盗んでお皿をすり替える。クラスメイトの男の子の話に夢中な先生は、そんな私たちに気づいた様子もない。2人で目を見合わせて、今日も成功、と小さく笑う。

大好きだった給食時間が嫌になるとき。真面目な彼女と同盟を組んだ

小学生の時、給食の時間が大好きだった。
時々出るお楽しみ献立が楽しみで、きなこのついた揚げパンが、ソフト麺が、オレンジが、とても好きで。プリントで配られる月の献立表を眺めて、この日は絶対休まないぞ、なんて思って。

けれどもちろん、苦手な食べ物もあった。小さい時どうしても食べられなかったのが、キノコ。見た目も、匂いも、味も食感も、えのき以外は全部嫌いで全く好きになれなかった。

しかし、当時の担任の先生は好き嫌いを許してくれなくて、給食の後の掃除の時間まで嫌いな食べ物とにらめっこしているクラスメイトもいた。そんなの恥ずかしくて嫌で、お皿の端っこに綺麗にはじいた後、鼻をつまんで食べていた。

ほとんど噛まないまま飲み込むあの苦しさは、何とも言えない虚しい気持ちを連れてくる気がしていた。そんな時に、あの子と同盟を結んだ。
たまたま同じ班になった彼女は今までそんなに話したことが無くて、同じ班になってから仲良くなった。あんまり運動は得意じゃなくて、本が好きで、真面目な心優しい子。

小さく目を見合わせて笑う。私たちは秘密の悪ごとを共有した

給食の時間、彼女のお皿の隅っこには、まあるい緑色が並ぶ。給食の時間が過ぎて他のお皿が綺麗になっても、その緑色だけは消えない。
私も、一緒。綺麗にはじいた黒いかさ。溜まれば溜まるほど食べる気にはならなくて、牛乳と一緒に流し込む。

グリーンピースが苦手な彼女とキノコが嫌いな私。でも私は別にグリーンピースが嫌いじゃなかった。そして彼女も、キノコが嫌いじゃなかった。お互い少し考えて、そして。次にグリーンピースが出た時、私のお皿は緑色が多くなった。

 次にスープにキノコが入っていた時、私のお椀からはキノコが消えた。先生の目を盗んで、「あー!」と笑って声を出す同じ班の子に「シーッ!」と口に人差し指を当てて。彼女と小さく目を見合わせて、秘密の悪事を共有するのだ。
 普段先生の言いつけは必ず守るような子供達だったけど、給食の時間だけ、私達は悪友になった。

秘密を共有して笑う瞬間は、大人になった今でも大切な思い出だ

少しの罪悪感と、でも秘密がくすぐったくて、彼女と笑う瞬間が好きだった。こんな小さな秘密が、あの頃の私たちにとって大切で特別な秘密だったのだ。

先生にバレて怒られる、なんてこともなくて、班が変われば私たちの交換は終わった。 彼女とは進級した時にクラスが離れて、それから話すことも少なくなってそのまま。
私たちは大学生になった。大きくなれば味覚が変わるというのは本当で、私はもうキノコが嫌いじゃない。むしろ好んで食べるくらいで。

一番苦手だった、そして一番給食に出てくることが多かったしめじ。他の野菜とお肉と一緒にごま油で炒めて、醤油とほんの少しのお酒、塩コショウで味付けをする。

「嫌な顔して食べられるよりも、好きな人に食べてもらった方が絶対嬉しいもんね。」なんて笑った帰り道。キノコの味が思い出させるのはそんなやりとり。給食の時間だけの悪友、幼い私たちの小さな悪事。あの子との秘密は、今でも大切で、愛しくて、抱きしめたくなる、大切な思い出なのだ。

きっとそんな思い出に、私たちは生かされている。