今思うと、私が“私らしさ”を確立するきっかけをくれたのは「あの子」だったのかもしれない。

クラスでかわいいと評判だったあの子は私と似た恰好や言動をしていた

小学3年生の時、父親の仕事の都合で東京から大阪へ引っ越した。最初は馴染みのない環境に戸惑ったが、同じマンションに通う同級生が多くいたおかげで、その生活に慣れるのにさほど時間はかからなかった。

転校してから半年が経った頃には、勉強も運動も要領よくこなした私は“才色兼備な優等生”のポジションを確立していた。担任の先生からの信頼も厚く、勉強ができない同級生に放課後、先生の代わりに勉強を教えるよう頼まれたりもした。小さなトラブルは多々あったものの、特に大きな事件もなく平和な日々を過ごしていた。

しかし、ある時クラスで可愛いと評判だった女の子が、よく私とおんなじ言動、服装、髪型をしていることに気がついた。
以前から、私が言った言葉をそのまま、さも自分が思い付いたかのように周りに話していたことは知っていた。私は声が小さかったから、声の大きな彼女がおんなじことを言うと、周りは彼女の言葉だと錯覚した。それで彼女が賞賛された時には、なんだか胸がモヤっとした。

「なんか似てるよね」の一言でドロドロした感情が湧き出てきた

当時、私は母に買ってもらったジーンズ生地のワンピースを好んで着ており、手首に花柄のシュシュをつけるのが自分なりのオシャレだった。ところがある日、彼女が私の着ているのとよく似たジーンズ生地のワンピースを学校に着てきた。特に流行だったわけでもないのに。

(きっと、偶然だ)
そう思いこもうとしたけれど、あるクラスメイトが言ったひとことで、その努力は虚しく散った。

『2人って、なんか似てるよね。』
その瞬間、胸の奥から黒くてドロドロした感情が溢れ出した。

(似てるもんか!私は「私」だ。あの子が私の真似なんかするから…!)
昔から、私は誰かと似ていると言われるのが大嫌いだった。まるで自分が“二番煎じ”かのように言われている気がしたから。私は「私」で、唯一無二でありたかった。だから、私の真似をする彼女が嫌いだった。
その日以降、私がジーンズ生地のワンピースを着ることは二度となかった。

だが私は、それだけのことで彼女と縁を切れるほど強くもなかった。彼女とはそれ以降も、表面上は仲良くした。真似されるのが怖くて、なんとなくビクビクしながら。常に他の子と、「あの子」と、違っていたかった。

周りが私を真似しようとも、私は私。あの子の一言に気づかされた

そんな毎日が続いたある日、学校からの帰り道の途中で、彼女がぽつりと言った。
『〇〇ちゃんはいいなぁ。すごい』
「え、何が?」
『みんな、〇〇ちゃんに憧れてるもん』
「全然、そんなことないと思うけど……」

驚きだった。そんな言葉が彼女から出てくるとは。私は彼女のことを、私から“私らしさ”を奪う悪魔のような子だと思っていたのに。彼女はただの、ひとりの“小さな女の子”だった。私の中の彼女のイメージが崩れていった。
(ああ…なんだ。この子、私が羨ましかったんだ)

心の中を占めていた、ずっしりと重たいなにかが薄れて消えて行くのを感じた。私は、私だった。その私を憧れて真似するこの子を、一瞬愛おしくさえ思った。
(……気にする必要はなかったんだ。周りが私を真似しようと、無視しようと、きっと私は私で、それ以外の何者でもない)
それから私は、いつだって思いのままの私でいるようになった。