私には忘れることのできない「あの子」がいる。

夫とは学生時代から付き合い、何度か修羅場もあったが乗り越えてきたつもりだ。しかし、結婚となると正直、この人でいいのか分からなかった。言葉足らずであまり感情を表に出さないタイプで、よく言えばクールで、悪く言えば冷めている。私は私でプライドは高いし、意地っ張りだ。喧嘩をするとヒートアップすることもしばしばある。

結婚をどこかで迷いながら数か月たち、「あの子」はやってきた

クリスマスの日に、夫から「そろそろ結婚しようか」と申し入れを「うん」と返答したものの私はまだどこかで迷っていた。何も進まず月日だけが経った数か月後、「あの子」は私の中に宿ったのだ。

病院のモニターに映る心臓の拍動をみて感動したことを、今でも思い出す。エコー写真を持ち帰り、夫に手渡した。それは大喜びして私のお腹に喋りかけている。そんなに嬉しいのか、意外だなぁと思いながら微笑ましく見ていた。

両親に報告して結婚の準備を急ピッチで進めた。

仕事帰りのトイレで出血していることに気がつき、その足で病院へ向かう。あんなに元気に力強く動いていた拍動が見えなかった。

先生は「心臓が動いていません。流産です。数日後には……」と色々説明してくれたが覚えていない。頭が真っ白になるということはこういうことなのかと思いながら夫に連絡する。すぐに帰ってきた夫に私は全てを吐き出した。
「ごめん。私が、私が仕事の時に……、居心地が悪かったのかもしれない。ごめん。ごめん」と泣きじゃくった。夫は責めることも慰めることもしなかった。私の話を聞きながら頷いていた。

不器用な夫は、何と声を掛けたらいいのか分からなかったのだろう

数日後、夫ともう一度病院へ行き心拍がないことを確認した日に「あの子」は私から流れていったのだ。それはもう、悲しくて悲しくて、涙が止まらなかった。夫を起こさないようにトイレで泣いていた。

次の日に「昨日の夜に出血した…」と報告した。私のプライドと意地っ張りさはここでも発揮し、夫の前でも涙を見せたのは流産したその日だけだった。「そうか…」とだけ目の赤い夫は答えた。寝ていると思っていた夫は起きていて、朝に目が赤かったのは泣いていたのだと気が付いた。きっと不器用な夫は、私が泣いている姿に何と声を掛けたらいいのか分からなかったのだろう。

それから数週間経ち、日常に戻りつつあった。

ある日、行きたいところがあると夫に連れられて車に乗り込んだ。そこは水子供養だった。すごく意外だった。
「ずっと元通りみたいに過ごしているけど、本当はずっと心の中は悲しいだけ。少なくとも俺はそう。もっと泣きついてくると思っていたんだ。意地っ張りな部分が、二人のことなのに一人で乗り越えようとしていて……いつもは腹が立つ部分だけど」と夫が苦笑いしながら話す。
「何、それ」と私は笑う。

あ、やっと笑えた。

あの不器用で冷たい夫がこう思ってくれたのは「あの子」のおかげだ

きっと、私の意地っ張りをこんなふうに思ってくれるのは夫しかいないだろうな。あの不器用で冷たい夫がこう思ってくれたのは「あの子」のおかげだ。そして、夫がそういう人だと気がつけたのは「あの子」のおかげだ。

あれから数年は何度もお花とお菓子を持って「あの子」が待つ場所へ通った。最後に行ったのは長女がお腹に宿った時だ。
「もうここには来ないけど、忘れるのではなくて、あなたの分もいっぱい幸せにするから。お空からみていてね。夫と家族にしてくれてありがとう」と祈りを込めて手を合わせた。

「あの子」がいなかったら、私たちの結婚生活はうまくいってなかったかもしれない。

夫に「そう思うと、"あの子"は私たち夫婦の"愛のキューピット"だね」と言うと、「何、それ」と呆れながら、コーヒーを飲んでいる。