成人式の後、卒業した母校の小学校で5年ぶりに君を見かけた。
何も後ろめたいことは無いのに思わず目をそらす。
成人してすぐの私には、大人になってしまった『男子』たちがなぜだか少し怖かった。
なんとなく、昔と同じように話すことができない気がする。そんなことを思いながら帰ろうとしていると、後ろから君が私を呼ぶ声がした。
広くなった肩幅。また君がグランドを駆け抜ける姿を見たいと思った
小学生時代何度も聞いた、記憶の中の声より低く、相変わらずテンションが声色に直結したような、わかりやすくて信頼できる、私たちのキャプテンの声。
息を吸って振り向く。
君のあの頃よりずっと広くなった肩幅を見てすぐわかった。
―よかった。ラグビー、続けてる。
久しぶり、と笑う君を見てほっとした。二言目には私の家族は元気なのかと気遣ってくれるところが、昔から家族思いの君らしいなと嬉しかった。
話しかけてくれたのも何かの縁。
私はもう一度、君がグラウンドを駆け抜ける姿を見たいと思うようになっていた。
もともと運動神経が良いけれど、小柄だった彼をラグビーの道に引きずり込んだのは紛れもなくうちの家族である(笑)。
私たちは当時タグラグビーという、タックルなどの接触プレーをなくした競技に打ち込むチームメイトだった。
マイナー競技であるが故に、男女混合少数精鋭で組まれたチームだったが、私たち選手の親およびコーチ陣の並々ならぬ情熱と支えの下、田舎の小さな地区で日々練習に打ち込んでいた。
「絶対に全国に行く」君の強引な一言が私の背中を押してくれた
彼のデビュー戦は小学五年生の県大会だった。私たちはみんなそれなりに本気で、でも大きな目標はないまま、ただ目の前の敵に向かっていった。
「来年は絶対全国に行く」
観戦席の外、親もコーチもいない、日に焼けた熱いコンクリートを見つめる私たちにはっきりと君は言った。
全国の響きに高鳴る気持ちと、足手まといな自分を責める気持ちが半々で、私は顔を上げられなかった。
それでも、君の強引な一言があの時私の背中を押したのは事実だ。
それから必死で練習した一年間を彼は覚えているだろうか。
都合よく忘れていそうな気がしなくもない…
強いパスが取れなくて何度も怒られたし、私たちが遅いから独りで走って消耗していくのが、最初はほんとに申し訳なくて情けなくてつらかった。
だから、私はフォーメーションを考えるようになった。
フェイクやロングパスを取りいれて、最終的に男子たちの走りを活かせるような戦術を立てた。
あの頃練習終わりに家でひたすらプレーヤーの動きをシミュレーションしてノートに書いていたのが懐かしい。
選手としては、私は最後まで足手まといにならないようにするのが精いっぱいだったけれど、全国で最後は全員で笑うことができたのは、私の大切な思い出の一つになった。
現役を引退する彼に渡したのは、当時を思い出させるお菓子だった
あれから十数年経った2020年。
彼は静かに現役を引退した。
中学も高校も大学も、ずっと走り抜いてくれてありがとう。
国体で地元代表として、決勝戦を盛り上げてくれてほんとにほんとにありがとう。
応援に行きたかった。もっと強引に勝手に試合見に行けばよかった。
国体の決勝戦、前半6分。
上背のあるディフェンスを差し置いて、あの頃と同じフォームで独走していく姿に、私は当時を重ねて鼓動が速くなるのを感じたんだよ。
独走しなきゃいけなかったあの小さな背中は、10年の時を経て、独走できるプレーヤーに成長してまた夢を見させてくれた。
当時毎回試合前に『きっと勝つ』って願掛けで食べていた赤いパッケージのお菓子。
最後に渡せてよかった。
直前の思い付きで買ったから、ビター味しかなくて。
照れ隠しに、もう大人だから黒だけど……って謎の文句を付け加えて渡してしまったけど、結果オーライだったかな(笑)。
箱に書いたメッセージに感謝の気持ちを全部詰め込んだ、つもり。
本当に長い間お疲れ様でした。