雨が降り、空に虹がかかる時、一体どれくらいの人が空を見上げて、虹に思いを馳せるんだろう。
晴れ間の虹を見上げながら、私は何気なくつぶやいた。
雨が降ると、皆んなこぞって傘をさして、濡れても支障のない靴を履いて少しの憂鬱とノスタルジックな寂しさを連れて道を行く。
「今週の天気予報、ずっと晴れだったのにね」
ふと手元に視線を戻すと、空模様とは裏腹な鮮やかな色彩に、染められた爪に視線を引かれる。
強くも弱くもなれる。1日を輝かせることも、くもらせることも
「ほんとですね。私、雨は空が泣いているみたいで、悲しくなるんですよね」
行きつけのサロンの窓越しに雨音を感じながら、早くも出会って2年来になるお姉さんに問いかける。
「恭子さんは、雨好きですか?」
「好き。私も前は嫌だったんだけど、雨への捉え方が変わったんだと思う」
捉え方、そう聞いた時、彼に聞いた「好きになっても良いの?」という言葉が蘇る。
4年も続く曖昧な関係への言及だ。
「捉え方、かぁ。例えばどんな風に考えるんですか?」
「雨をダイヤモンドだと思うの。どう?嬉しくない?」
ぷっ、と目を見合わせて笑う私達。
「嬉しいですね。確かに。でもこの捉え方って、結構人生に大きく関わりますよね」
自分の言葉を心の中でもう一度、唱える。
捉え方、それはその方向性一つで、強くも弱くもなれたり1日を輝かせることもできれば、くもらせてしまうこともできる。
その言葉が、ぼーっとしていた私の小さな胸を締め付けた
私たちが唯一使える「魔法」のようなものだと感じた。
「例えば、人に何か嫌なこと言われた時も、何か悲しいことが起きた時にでもそうだけど、その意味を良い方向に転換できるといいねえ」
ぼーっとしていた私に向けられた言葉が小さな胸を締め付ける。
「無理すると苦しいですけど、良い方に転換できると良いなあ。彼の言葉も、彼への言葉も」
「あ、また何かあったんだ。進展、しそう?」
「皆無ですけど、捉え方によっては、どうにでもなりそうかな」
雨音に耳を傾けながら、あの日に記憶をめぐらせる。
かすかに残る、あの日の雨音と外の静けさが私を迷宮に誘うも…
ベッドの上で、眠そうな彼の横顔を見つめながら、胸の奥底から溢れ出す言葉と高まる心音を抑えて、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「ねえ。 私は、好きになってもいいの?」
ポツポツポツと、彼の自宅のテラスに当たっては弾く雨音がやけに大きく感じる中、彼からの返事はない。
「……寝ちゃった?」
「うーん」
「え、どうなの?」
「うーん」
「….…もう、それは、うんってことにすればいいんじゃない?」
私が話し終えるのも待たずに、恭子さんは続ける。
「これこそ、捉え方よ。だって、その後も普通にデートするし、
そういうこともしてるんでしょ?」
「はい。普通のデートも、してます」
耳の端にかすかに残る、あの日の雨音と外の静けさが私を迷宮に誘うも、
その言葉に縋りたい気持ちが私を揺さぶる。
「雨をダイヤモンドだと思うのと一緒。傷つくのが怖くても、まずは自分からっていうし。後悔がないのなら良いのよ」
雨が私のいやな気持ちを洗い流してくれたのかもしれない
完成です。と言われ、数分ぶりに爪先に目線を落とす。
「可愛い!なんかぷくぷくが雨粒みたい」
「雨、好きでしょ?」「はい。ダイヤモンドなので」
そんな冗談を言いながら再び目を見合わせ、吹き出す私達。
雨が止み、木の上で小さくさえずる小鳥の声に耳を澄ませる。
「彼にも言ってみますね。雨はダイヤモンドだって」
「はい、じゃあいってらっしゃい。楽しんでね」
雨っぽい粒を手元に光らせ、サロンを出ると太陽の神々しさで、さっき迄とはまるで違う景色を見せる道なりに足を運ばせる。「雨が、ダイヤモンドだったら。すごい素敵かも」
ピコン、とカバンの中のLINEが鳴る。
(今駅に着いたけど、雨止んだねえ。ネイル可愛くできたかい?)
(できたよ!褒めてね。雨はダイヤモンドだから、降っててもよかったのになあ)
(いいね、素敵だその考え方。じゃあ待ってるね)
かばんの中におもむろに携帯をしまうと、少し足早に駅に向かう。
やっぱり、彼のこと、好きだなぁ。
そう思いながら、私は雨と彼の発言に対する捉え方を良い方向に向かわせる。
もしかしたら、雨が私のいやな気持ちを洗い流してくれたのかもしれない。
ふと、雨の上がった空を見上げると、7色の大きな虹がかかっていた。