バーカウンターの奥で父が「うるさい!お前ら!気分が悪い!」と叫んでいる。椅子一つ開けて私の隣に座るおじさんは、慣れた様子で「まあまあ、落ち着けよ」とだけ言ってグラスに口を付けてる。
店のバーテンダーも特に止めることもなく「また始まったよー、大丈夫だよ!」と適当になだめている。5席しかないバーカウンターは、3人で座ってもちょっと狭い。
バーテンダー、となりのおじさん、父の3人は、50年来の友達らしい。50年来の友達ともなると動揺なんてしない。「なんだかかっこよく見えるな…」75歳の父が叫んでいるのを横目に、そんなことを思いながら私もグラスを口に付ける。
父は酒に酔うといつも怒り叫ぶ。でも、私はそんな父に慣れっこだ
父は酒に酔うといつもこうなる。特に最近は、いい感じになってる女性がいて、その人がなかなか振り向いてくれてないらしい。しかも、その人に付き合ってる人がいるかもしれないらしく、嫉妬で怒り狂ってる。「嘘をつくな!バカモノ!気分が悪い!無礼者!」と。
みっともない、恥ずかしい、惨め、子供の前で親として、どうかしてる。なんていう感情は、一切湧いてこない。いつものことだから。
5年前、父は自分よりも30歳若い東欧出身の金髪美女と、10年間の結婚生活を終えた。それからしばらく寂しい独身生活を送ってきたから、久しぶりに燃えてるんだろう。エネルギッシュで面白い。
5年前に別れた奥さんは、良い人だった。日本語はほとんど話せないけど、初めて会ってすぐに打ち解けた。母と小田舎で暮らしてた私は、地元で悪さをして、警察にお世話になってしまったので…両親の意向で17歳になってすぐ上京した。父と東欧の金髪美女が住む東京の家に転がり込んだ。
父が再婚した金髪美女の家に転がり込み、私はお金をくすねていた
周りを見渡せばヤンキーしかいないような街で育った私。上京してもバイト以外にすることはなく、遊び呆けてた。毎晩飲み歩いたおかげで、少ないバイト代は毎月一瞬で無くなる。そんな時は金髪美女と父がいない間、寝室に忍び込んでお金を拝借した。大体どこに置いてるかはわかってる。ベッドサイドの棚と洋服棚の上。その金でまた遊んだ。
ある日、朝まで飲んだ帰り、家に着くと父がリビングにいて私を待ち構えてた。父も私も酔っ払っていて、掴み合いの喧嘩をして、私は家を飛び出した。
父とは何回も衝突してたけど、ここまでケンカしたのは初めてだった。でも、何を言われたのかは覚えてない。家の前でボーッと座ってる私を、金髪美女が追いかけてきてくれて、色々話した。けど、それも何を話したのかは覚えてない。
金髪美女は、母親にはなれなくても、私の姉になろうと努力してくれてた。一緒にクラブに行って踊ったりもした。作る料理は美味しかった。
父と金髪美女が「別れた原因」は、父がお金をスティールしたから…
それから時が経って、5年前。父から金髪美女と離婚すると連絡があった。辛そうな声だった。返す言葉が思いつかなかったので「残念だね」と返したけど、心では「やっぱりね」くらいの心境だった。
そのあとすぐ、父と入れ替わりで金髪美女から連絡があった。カタコトの日本語で私に謝ってきた。「ゴメナサイ。アナタのオトサン、オカネナイ。スティールした。いつもスティール。Etc…。ジャア、アナタゲンキシテネ」。
電話を切ってから考えた。スティール? 父が彼女の財布から金を盗ったりしちゃったのか。お金は、人間関係をダメにする材料だもんね。そりゃしょうがないわ。でも、お金盗んでたの、私だわ。