「ありがとう。」では、短すぎるし、単純すぎるように感じる。もっとたくさんのふさわしい言葉があるのではないだろうか。でも、それを考えるには、いくら時間があっても足りないし、なによりもう遅い。

父が亡くなり、慌ただしい日々の中で「自転車」を思い出した

父が亡くなったのは2年前。話せば、かける言葉を失うような最期だったので、誰かに気軽に話すことができないまま、ただただ月日だけが過ぎた。
父が亡くなってしばらくは、家族として、あまりにも多いやらなければいけないことを片付ける日々。その中で、とりこぼしてしまったものは多々あるように思う。

そのうちのひとつが、自転車だ。車がなかった我が家では、どこに行くにも自転車だった。車がないのは、車がなくてもある程度は不便しない環境だったからなのだろうけど、父が自転車を愛していたからでもある。

父は、家に何台も自転車を置き、大学生のときからしていたであろうサイクリングを半分仕事と化しつつも、亡くなるまで続けていた。週休二日、土日が休みのはずの父が家にいない時は、たいていサイクリングに行っていた。

乗っていたフランス製の古い自転車を、私は気に入っていた

そのような父の娘である。私が乗っている自転車は、街乗り用ではあるものの、フランス製の古い自転車。部品のひとつひとつを交換しようと思うと、いちいち探し回らなくてはいけない、ちょっとめんどくさい自転車だ。

でもその自転車を私は気に入っていて、通学はもちろん、遊びに行くときやちょっとした旅行にも乗って行っていた。どんくさい私は、自転車ごとバイクや車や自転車にぶつかることもあった。輪行のやり方を教えてくれたり、ちょっとした修理をしてくれたりしたのは父だった。

今ある自転車は二代目。一代目は小学生の時から乗っていた。熱意のある懇意の自転車やさんでもどうしても修理ができなくなったとき、わがままを言って、ほとんど同じ型のものを探してきてもらった。

動かなくなった自転車。この春、修理をしてもらい、走れるように

父が亡くなったあと、仕事と諸手続き以外のことをやる余裕がなくなってしまって、自転車は乗ることも手入れをすることもなくずっと置きっぱなしだった。
もともと古い自転車だ。乗らなくなるとすぐに動かなくなってしまった。

そこで、ふと思い当たる。しばらく自転車を置いて実家を離れたときがあった。1年ほどあけて帰ってきたときには、当たり前のように乗っていた自転車。父がきちんと定期的に整備してくれていたのだろうな、と。

もういい大人なのだから、そろそろ立ち直って、ちゃんとしなければならない。そう思うけれど、2年たった今でも、父の死から立ち直れていない気がする。立ち直ることができていないと感じる度に、自己否定に走りたくなることもある。

でも、もう乗らないなら売ってしまった方がいいのではないか、そう思うこともあった自転車を、この春、修理してもらって、走れるようにした。
今伝えたいことは、きりがないから少しだけ。LINEやメールで伝えるぐらいがちょうどいい。

自転車を直してもらって、久しぶりに乗りました。