「私、早く高校を卒業したい。門限から解放されて、お酒も自由に飲みたい」
17歳の私は、ひと回り年の違うバンドメンバーにそんな話をした。気持ちは分かる、早く大人になりなよみたいな返事を期待しながら。
「年を取れば、何でもできるようになってしまう。今を楽しみな」
返ってきた言葉は期待外れで、何かを諭すような口調に当時はむくれていた。
今は、その言葉が痛いほど刺さる。

真剣にバンドをやりたい私の相談に、斜め上をいく先輩の返事

17歳の私が大人の男性とバンドを組むようになったきっかけは、ひとつ上の先輩の一言だった。
「同級生メンバーにこだわる必要ないよ。バンドやってる人なんてこの世にたくさんいるんだし。学校の外でバンド組めば?」

当時、バンドを組んでいた軽音楽部の同級生とモチベーションが合わないことに悩んでいた。
もっと真剣にバンドがやりたい。ひとりでどんなに練習しても良い演奏はできないのに……。
やりきれなさに耐えきれなくなり、部室にいた先輩にぽろっと弱音をこぼしたら、予想の斜め上をいく返事がきたのだ。
私、ただただ驚く。そんな発想なかった。
詳しく話を聞いてみると、どうやら先輩も部活とは別に、SNSで見つけたおじさんとセッションを楽しんでいるらしい。
学校だけが全てじゃないよとほほえむ先輩。私もそんな人を見つけなきゃと、後ろから突き動かされるような気持ちに駆られた。

勇気を出して飛び込み出会えた、年上の音楽仲間と鮮やかな世界

早速帰りの電車で携帯を開き、SNSの【バンドメンバー募集】ページを片っ端から見ていく。添付のデモ音源を聞いてよし応募!となるが、紹介文にある「メンバーは全員27の男です」の文字で右手がピタッと止まった。

27歳…10歳差か……。SNS規約の「出会い目的での連絡は禁止」と、当時問題になっていた「援交」「出会い系事件」が頭をよぎる。

もし何かトラブルに巻き込まれたら……考えるだけで身体がぞわっとした。これ、かなり勇気がいるじゃん。先輩もよくやるよなと思いつつ、どうしても現状を打破したかった私は「高校生ですが、やる気はあります」と正直に思いの丈を打ち込んだ。
心臓の音を少しでも鎮めたいために、乾いている口の中の水分をありったけかき集めて飲みこむ。その勢いで、送信ボタンにぐっと力を込めた。

私は晴れて、メンバーの一員として迎え入れられた。彼らは音楽に対して真剣で、一生懸命練習した私の努力を掬って音に反映されてくれた。
それがとてもうれしくて、良い意味で年の差を感じさせない空間が心地良かった。音楽は世代を超えて繋がれる力を持つことを、身をもって実感した。

憧れのライブハウスで演奏できたことは今でも忘れない。
地下に繋がる階段を下って重い扉を引くと、その先にあるステージがくらっとするほど眩しかったこと。街中で出会ったら避けるであろうド派手な出で立ちの人が「カッコ良かったよ!」とハイタッチしてくれたことも。
SNSでメンバーと出会い、ライブハウスで音楽仲間とつながり、新たなご縁が心を弾ませる。
勇気を出して動いて良かった。
地上と遮断された空間には、私の知らない鮮やかな世界が広がっていた。

新しい繋がりや世界に出会うたびに、高校生であることが疎ましくなる

学校に通うだけでは交わることのなかった繋がりを手にできた一方、高校生であることが心底疎ましくなった。門限や飲酒をはじめ、行動の制限が多すぎる。なぜライブの大トリを見る前に帰らなきゃいけないんだ。
時を経ないとどうしようもないと分かっていても歯がゆかった。早く高校生活を終えたい、自由が羨ましいと思っていた。

しかし、いざ卒業して大学生になっても心が躍らない自分がいた。何も考えなくても自由に動けると分かったら、積極的に動くのが逆に億劫になってしまったのだ。
欲しくてたまらなかった洋服が、いざ手に入ったら執着がなくなった感覚に似ている。

サークル、バイト、さほど自分から動かなくても手に入ってしまう環境に流される日々。その場では楽しいのだが、高校生の時のように「新しい世界を切り開いていく」ことによる胸の高鳴りを味わうことはなかった。
社会人になっても同じ。新しい世界どころかうんざりする会社の面々と対峙する日々で、視界はすっかり色が抜けてしまった。

高校生という制限は、時にプラスアルファの刺激を与えてくれていた

年月を経て初めて気付いた。高校生であることにより生じていた制限は、時としてプラスアルファの刺激を与えていたのだと。帰りの電車の時間を気にしたり、また出かけるの?という親の目をかいくぐったり。決められた枠の中でどう動いていくかを常に考えていたからこそ、見える景色もあったのだ。

ああ、メンバーが高校生の私に「今を楽しみな」と諭した気持ちが、なんとなく分かる。
縛りから解放された代わりに、もうあの頃のように目まぐるしい刺激を味わったり、鮮やかな景色を捉えることはできないのかもしれない。

高校を卒業して10年以上経つ。物書きを目指すにあたり様々な言葉に触れることで、知らない世界を少しずつ知っていくよろこびをかみしめるようになった。その度に、高校生の時味わった感覚とシンクロしている気がして心が震える。
前へ前へと進んでいたあの頃の貪欲な好奇心を抱けば、縛りがなくても鮮やかな景色が見られるかもしれない。そう思えるようになった。

受け身にならずに、もっと沢山のことに触れていこう。17歳の自分を思い出して、日々を鮮やかに過ごしていきたい。