父に一度だけ授業をしてもらったことがある。
高3の春、進路に悩んでいて、父からもうざいほどに「どうするんだ」とか「こうしたらいいんじゃないか」と言われていた時期の話。

夜中12時に父からの誘い。授業を聞きに、私はファミレスに向かった

「大学生の時に一番感銘を受けた文章の授業があるから、それを聞きたいと思わない?とにかく聞いて欲しいから、今から紙とペンとハサミを持ってファミレスに行こう」と、気持ち悪い質問の仕方をされて、否応もなく受け入れる形で父とファミレスに向かった。

ハサミが近くに見当たらなかったため、コンビニの割高なハサミを買った。
ファミレスに着いたときはもう夜の12時だった。

JKとおじさんが二人して、夜中にアサイーボウルというオシャレな食べ物を頼んだ。
夜中のファミレスで、こんなオシャレなものをたくさんのカップルや学生の集まりに囲まれながら食べるのはとても恥ずかしかった。

そもそも、父と二人で出かけること自体が恥ずかしくて早く帰りたかった。しかし、父がいるため、普段は勿体なくて頼まないドリンクバーも頼めた。

アサイーボウルを食べながら父は授業を始めた。アサイーボウルのヨーグルトが髭にちょっとついていて、最初はそのことにしか集中できなかった。
そもそも、「父の話なんか聞くもんか。私は普段、自分のお金ではできないプチ贅沢をしにきたんだ」なんて思いながら適当に話を聞いていた。

柄にもなく父と盛り上がって語り合い、父の授業にのめり込んだ

父はずっと理系を学んでいた人だったが、学生時代のその授業をきっかけに、文学を学ぶようになり、文章を書く仕事に就くようになったらしい。

与えられたテーマについての自分の体験や思ったことを箇条書きでひたすら紙に書いて、それをハサミで一行ずつ切って文章を組み立てていく。という、なんともアナログでつまらなさそうなワーク。
その時のお題は、『自分の中の記憶で覚えている、一番古い出来事を書く』というお題。

最初は「めんどくさいなあ」と思いながら聞いていた。
しかし、話を聞きながら、その作業をやっていくうちにその授業にのめり込んでしまった。
また、父と二人で幼少期まで遡って話をしたことなんてなかったため、柄にもなく盛り上がって、楽しく語り合ってしまった。

「せっかくのドリンクバー。存分に制覇してやる」と、気合を入れて何杯も注いだジュースたちは結局ほとんど飲まずじまいで、授業が終わってからも私はその作業に没頭した。

終いには父から「もう、そろそろ帰るよ」と無理やり帰らせられる事態になった。
気づいたら時刻は午前3時だった。こんなにもあっという間だった授業は人生で初めてだった。

父からの授業で文章が大好きになった。もっと父の授業を受けたい

父と同じように、私もこの父の授業で文章を書くことが大好きになった。それから、文章を書くアルバイトをしたり、エッセイをSNSに毎日投稿したりしている。

私は小さい時から父が嫌いで、物心ついた時から反抗期で、父が話せば口答えや無視しかしないような娘で、今も父のことはあまり好きではない。

そのため父と同じ仕事を目指すなんてダサいと思ってきていたのだが、実はこっそり父と同じ仕事に就くことを目指している。父と一緒に働きたい、というよりは、父を越えたいという思いの方が強い。

こっそり、文章の本を読んだり、文章の書き方講座に通ったりもしたが、あれほど楽しく、夢中になった授業はない。あの授業がどんな文章を書くときも私の基盤になっている。

何年も、毎日毎日反抗ばかりしてきたせいで直接言うことは恥ずかしくて言えないけど、
もっと授業をして欲しい。私の文章を読んで欲しい。たくさんのことを教えて欲しい。こうしたほうがいいんじゃない。という進路を提示されるより、私は父の授業を受けたい。

このことをずっと言えずじまいでいる。これからも言えそうにない。