案外、心惹かれる相手は運命的に決まっているのではないか、と、最近思うようになった。
私が前世や来世を信じていて、宇宙の神秘について思考を巡らせるようになったのも、幾重にも積み重なった出会いが私を導いているような気がしたからだ。

なんてことを考える反面、実は報われない日常に辟易して、「出会い」という日常使いの代物を美しく着飾ってみたいだけなのかもしれない。

冷静に考えてみれば後者の可能性が高い気もするけれど、それならば彼が欲しくてたまらない理由に説明が欲しくなる。

現実と夢想の狭間で相反する思考が渦を巻き、私は今日も恋の真理にたどり着けずにいるのだ。

寝ても覚めても、彼の姿が頭から離れなくなった

彼との出会いは、知人に誘われた飲み会だった。
その奇抜な服装とヘアスタイルを見て、一瞬会話することを躊躇った。
正直、最初はそのセンスにあまり魅力を感じなかったので、そもそも話したいという欲もなかったのだけれど。

ただ、穏やかに、誰とでも分け隔てなく話をする姿はどこにでもいる男性のようで、そのギャップに興味が湧いた。
ちょうど知人から紹介されたことを機に、自然と会話をする流れになった。

彼の職業を聞いた瞬間、私のボルテージは飛躍的に高まった。
かつて目指した業界で活躍する彼の話に興味深々だった私は、好奇心を刺激された子供のように「なぜ?」「どうして?」を繰り返した。

彼の感性が私の本能に絡みついてしまい、寝ても覚めても彼の姿が頭から離れない。
恋に落ちるとはよく言ったもので、容易く私は彼の形成する渦に取り込まれてしまったのだ。

彼が眩しくて、自分は惨めに映った。それでも彼が好きで…

そこからの展開は早く、あれよあれよという間に身体の関係を持ち交際へと発展した。
最初こそ恋愛という枠組みを楽しみ、私も彼も意欲的に関係に没頭していたものの、次第にその熱は、私の中に蠢く劣等感を呼び覚ました。

輝く彼が眩しくて、羨ましくてたまらない。
自分の中に宿す夢に蓋をしたまま、言い訳を並べて好きでもない仕事に向かう自分を、私は心のどこかで馬鹿にしていたのだと思う。
私の望む生き方を体現する彼が大好きで、彼に認めてもらいたくて仕方がなかった。

思えば私が過去に好意を寄せた人、交際に至る人には「自分の夢を叶えて活躍している」という共通点があった。
到達できない自分の夢を、私は誰かに重ねようとしている。
いわば私は相手のパートナーではなく、ただのファンにすぎないのだ。

そんな私の歪を感じ取ったのかもしれない。
次第に彼は私に対して興味をなくしていき、終いには見下したような態度を取るようになった。
悔しくて、彼からの愛情はもう微塵も感じられないのに、どうにか自分を見てもらいたくて必死に取り繕っては空回りを繰り返し、彼を呆れさせる自分の存在が惨めで滑稽だった。
それでも彼が好きで、大好きでたまらなくて、手放すという選択肢などはありえない。

これが「恋」ではないなら、それでもいいと思ってしまう

現状を知る人達からは、こぞって別れを勧められた。
「それは恋ではなくて、執着だよ」
「自分が自立していないから、相手に依存しているだけ」
そんなありきたりな言葉。

どこにでも落ちているような言葉を並べられたって、それらは既に何度も頭の中を通りすぎた情報ばかりだ。
頭では理解できても、それをあっさりと取り込めるほど私の感情は大人になれないから苦しいのに。

「恋愛はもっと温かいものだよ」
友人がそんなことを言った。
結婚という長い道程が現実に迫る私達にとって、それは真理なのかもしれない。
客観的な意見は、私を破滅に向かわせないよう仕向けられた救いの道なのかもしれない。

だけど、これを「恋」と呼べないのならば、それでもいいと思ってしまう。
少なくとも彼の存在が私の奥底に眠る情熱を呼び覚まし、私を突き動かすエネルギーになっていることは確かなのだ。

この関係の行きつく先はわからない。それでも私は…

果てしない暗闇の中をもがき苦しむことで、ようやく私は自分の現状を受け入れ、またひとつ人生を変えてみようと前向きに進む勇気を持ち始めている。
いくつになっても「私の恋」は厳しい試練を与え、新たな道標になることを、私は過去の経験を通して本能的に知っているのだ。

自分の中に生まれたこの激情を「恋」と呼ぶことができないのなら、私は一生恋なんてしたくはない。

私と彼の歪で不安定な関係は今も続いている。
この関係の行きつく先が天国か地獄かなんてわからないけれど、自分の気が済むまで「恋」と呼べない激情と向き合ってみたいと思っている。

私が本当の「恋」をはじめる日まで、まだまだ先は長そうだ。