永遠に続く夜を走っていた。
街灯もない、車も通らない田舎道。草を揺らす風の音と、遠く波の音だけが聞こえる。
ふと見上げると、数え切れないほどの星々が、私を見つめている。
この世界に、私ひとりだけ。どうしてか、無性に泣きたくなった。

行き当たりばったりのハプニング満載旅がスタート。待ち合わせはバルセロナで

21歳の夏のこと。ともすれば長すぎる休みを利用して、友達と旅行をした。
目指すはフランス、モン・サン・ミッシェル。スーパー運動音痴の私と、スポーツ万能な彼女が、一緒に見たいねと決めたゴール。旅は行き当たりばったりが面白いからと、ろくに下調べもせず、とりあえず宿だけとって出発した。
全14日の大旅行。私はセビージャ、スペインの西南端から、彼女は西北端、サンティアゴ・デ・コンポステーラからスタートして、バルセロナで待ち合わせ。そこからフランスに飛び、一緒にモン・サン・ミッシェルを見に行くという壮大な計画だ。
なにせ行き当たりばったりの旅、スペインの新幹線のチケットの予約が間違っていて怒られたり、スペイン語しか話せない切符売り場のおじちゃんと、片言のイタリア語とボディ・ランゲージで必死にコミュニケーションをとったり、バスのせいで到着が遅れたバルセロナのエアビーのドアを泣きながら叩いてなんとかチェックインしたり、思い返すと無謀の極み。
中でも、モン・サン・ミッシェルまで、片道15kmの田舎道を自転車で行ったあの夜は、私の生涯でも極め付けの大冒険に違いない。

民宿の入り口に貼られていた、モン・サン・ミッシェルのサマーナイトツアーのポスター。夢にまで見た世界遺産が美しくライトアップされ、海に浮かんでいる。
そんなの絶対見るしかないじゃん! 民宿のおじちゃんが自転車はタダで貸してくれるって! 片道15kmならなんとかなるんじゃない? と盛り上がり、到着当日、21:30、早速出発した。

なかなか進まない夜の自転車旅。暗闇は私を一人にさせて彼を思い出させた

しかし、私は忘れていた。万年文化部の私の相方はテニス部の元エース。当時テニスの指導者までやっていた彼女と私の間には、運動神経の良し悪しという越えられない壁が存在することを。
日常生活で自転車に乗ることもほとんどない私は、10km以上も自転車を漕ぐということが、どれほど厳しいことなのか、何も分かっていなかったのだ。

タダで借りた自転車をキコキコ鳴らし、果てしない旅路をひた走る。このオンボロ、どうやら油もさされていないらしい。同じ条件で自転車を漕いでいるのに、ヒトとして同じDNAをもっているはずなのに、なぜ彼女はあんなに速いのか。
哀しいかな、友人のペースに全くついていけず、私は夜の闇の中、完全にひとりぼっちになってしまった。

街灯もない、車も通らない田舎道。草を揺らす風の音と、遠く波の音だけが聞こえる。
ふと見上げると、数え切れないほどの星々が、私を見つめている。
この世界に、私ひとりだけが存在するような気がした。

あの頃、私はどうにもならない恋の終わりを受け容れられず、寝ても覚めてもある人のことばかり考えていた。
付き合っていた訳ではない。それでもお互いに好意はもっていて、それなりに大切な存在だった。ただ、恋愛として盛り上がるタイミングがずれてしまったのか、私と彼とのすれ違いはどうにもならないところまで来ていた。
諦めたいのに、諦められない。忘れたいのに、忘れられない。
今思えば、そこまで思いつめるような恋ではなかったのに、当時の私は、その恋のことで頭がいっぱいだった。

でも、今この世界には私ひとり。ずっと考えていた彼とのことも、家族も友達も、なにもかもが遠くなる。あるのはただ、風のささやきと波の歌と、そして星のまたたきだけ。
なんてちいさいのだろう。
私の存在そのものも、私の恋も、他の重大だと思っていた悩み事も、全てが。
あの瞬間の私は、広大な宇宙の片隅で息をする、本当にちっぽけな存在でしかなかった。

「大丈夫? まだ漕げる?」
いつまで経っても姿の見えない私を心配して、待っていてくれた友人にやっと追いつく。
大丈夫だよ、もうすぐ着くよね、とまた漕ぎ出して、すぐにまたひとりになって。そうしてやっと見えたモン・サン・ミッシェルの輝きを、あの夜の優しい孤独を、私は一生忘れない。

...…でも、海に向かって走って行ったんだから、帰りはずっと緩やかな上り坂で、とーーーってもキツくて、次の日はもちろん筋肉痛で動けなかったことは、ちょっとカッコ悪いから内緒ね。