わたしには、もうひとりの自分のような存在の友人、Aがいた。
考えていることも一緒、同じタイミングで同じ発言をする、様々な地域から通ってきている生徒の多い高校でものすごく近くに住んでいて、見た目も似ていた。
わたしが、胸を張って友人です、と言える、唯一の存在だった。

わたしの「転学したら?」にすぐその気になり、すぐ退学した

(そして、すぐに退学をし、大学受験に向けて勉強を始めた。まだ20歳にもなっていなかったあの頃は、世の中を舐めていたのだ)

高二から仲良くなり、高三で進路を決める際、わたしは看護学部を選択し、Aは医療情報学部を選択した。
「職種は違うけど、将来同じ病院で働こうね」
そう約束して、別々の大学に進学したあとも毎日のように連絡を取っていた。
大学二年生の頃だったと思う、Aが「パソコンを触ってると頭が痛くなってくる」と言い出した。元々Aは活発な体育会系で、情報系、パソコンをいじる系のことには不向きなタイプだった。

「だったら看護学部に転学したら?」
わたしは、軽い気持ちでそう言った。Aは、医療情報学を学び、医療事務の仕事に就くより、看護学を学んで、看護職に就く方が向いていると思ったのだ。
わたしの言葉に、Aはすぐその気になり、大学の学務課と相談した結果、退学をして他の大学に入学し直したほうが早いと結論付けた。

そして、すぐに退学をし、大学受験に向けて勉強を始めた。まだ20歳にもなっていなかったあの頃は、世の中を舐めていたのだ。
わたしは自分の課題が山ほどあったし、Aは受験勉強をするしで、最寄りのファミレスに集合して、一緒に勉強した。

唯一無二だと思っていたのは、わたしだけなのだな、と思った

「何年遅れてもいいから一緒に看護師として働こう」
それが、Aとのふたたびの約束だった。
看護学部でのキツい実習も、多すぎる講義や試験も、課題も、すべて、最終的にAと働くためだ、と思っていたから耐えられた。Aは、看護学部に受かるための予備校に通い始めた。
ワクワクした。Aと将来一緒に働けるんだ、ということに、もうワクワクしていた。

Aとは、同じ場所でバイトをしていて、なるべくシフトを被せていたのだが、ある日「彼氏が出来た」と言われた。
ものすごくショックだった。Aの一番はわたしだと思っていたのに、Aにとってわたしは唯一無二の存在だと思っていたのに。唯一無二だと思っていたのは、わたしだけだったのだな、と思った。
それからなんとなく、わたしが一方的にAに対して怒りを抱き、受験勉強に励むAに、大学でこんな楽しいことがあった、大学の友人とこんなはなしをした、など、嫌がらせのように笑いながら語り聞かせた。

当然、Aはわたしから離れていった。バイトも、シフトがなかなか被らなくなり、毎日の連絡も一日置きに返事が来るようになった。
わたしはそれでも、Aの中の一番の座を取り戻したかった。好きなひとにこそ意地悪をしてしまう、小学生男子と同じ気持ちだったのだと思う。

Aに、最近なんで連絡くれないの、と聞くと「こっちの気持ちも知らないくせに。のうのうと生きてるくせに」と言われた。
またしてもショックだった。わたしがショックを受ける筋合いなど無いのだけれど、Aから「のうのうと生きてる」と言われたことがショックだった。こんなに仲良が良いのに、わたしにはなんの悩みも無くて、のうのうと生きてるように見えるの?と思った。自業自得なのに。

たまに連絡を取るけれど、まだ子どもに会う勇気は無い

それから、Aと連絡を取ることもほとんど無くなり、わたしは大学四年生になった。
大学四年生の夏、統合実習という、四年間の集大成とも言える大変な実習の最中、久しぶりにAに連絡をとった。

久しぶり、最近予備校はどう?と聞くと「最近、実は行ってないんだよね」と返ってきた。何故か、と聞くと「妊娠したんだ」と言われた。
三度目のショックを受けた。何故避妊しなかったのか、受験はどうするのか、Aを散々問い詰めた。
「産もうと思ってる。だから看護師にはなれない」
Aからの返事はそれだけだった。このとき、わたしの中ですべてが崩れていった。

わたしの目標は「『Aと一緒に』看護師になること」だった。
わたしだけが看護師になったって、そんなことになんの意味も無かった。
わたしは、そのときおめでとうと言ってあげられなかった。裏切られたと思った。ありえない、そうひとこと言い、Aと連絡を断った。

あれから五年。現在Aは二児の母だ。未だに若干の気まずさはあるものの、たまに連絡を取ることはある。だけど、まだAの子どもに会う勇気は無い。Aが、わたしなんかより断然大切であろう存在を、目の前にする勇気が無いのだ。Aのことがだいすきだからこそ、おめでとうと言えない。

ほんとうは謝りたい。子どもみたいな意地悪をしてごめん、おめでとうと言えなくてごめん。

だけどまだ言えない。
わたしはAを裏切り続けている。