大地がかぶった青い布団の中で、たゆたう私は銀の影を見た。

四月、環境の変化に喘ぐ人々を横目に、私は社会から乖離してぼんやりと若草の上を歩いていた。長く続いた進学戦争に敗れたのだ。
掲げた偉大な目標は、その質量を持って私を押しつぶして、続航する戦友たちに敬礼しながら船を降りれば、私は今沖縄にいた。

勇気をかき集めて広大な海に顔を突っ込み、視界に切り込んできたのは

海風行き交う南の島を訪れたのは、奔放な母の気まぐれにくっついてきたからだ。意思もなければ理由もなく、明日のことも考えるのも億劫。時期外れの観光地は和やかなもので地元人を見かけるばかりで、宿泊場の目の前の海辺も人の影はなかった。
事実上のプライベートビーチを前にしても私の心は底辺を凪ぐ。初めての野生の海に萎縮していたのもあって、見慣れない自然への接し方に少し困っていた。
結構な勇気をかき集めて広大な海の端に顔を突っ込んでも、首都圏で生きてきた者としては目の先が異国の都市まで続いているスケールが畏怖に変換され、経験したことのない生臭さにも閉口する始末。けれど流石に南の海は壮麗で、水晶の中をのぞいたみたいに視界は透けていた。
心を慣らすように浅い中を潜っていたら、しょっぱさに耐える視界の中で、私は同じように海中を散歩する銀の魚に会ったのだ。こんな浅瀬に生き物がいるなんて思ってもみなかったものだから、ナイフのように鋭利なギラつきが視界に切り込んできた時、私は思わず呼吸を飲み込んだ。

生まれた場所で、いるべき場所であるがままにそよぐ姿が美しかった

私にとっての未知の世界は恐怖でいっぱいで、身は縮む。しかしそれは種類こそわからないが珍しくも何ともない平凡な見た目をしていて、全長二十センチほどの「おさかな」の言葉に等身大な姿をしていた。それでも私はその時の感動を鮮明に嬉々として想起できる。
美しいのだ、生きている様が。
生まれた場所で、いるべき場所であるがままにそよぐ姿はこんなにも静かに麗容に映るのかと。鱗の反射を一つ一つ追いかけながら、私は一つの言葉を思い浮かべていた。青春時代にチャペルで聞いた言葉「置かれた場所で咲きなさい」。
陸に上げられた魚のなんと惨めなこと。体色は濁り果て、丸い目玉には水垢が溜まったように充血し、無情に輝く氷とビニールに挟まれる。魚屋に並べられたただの食料は、たとえ蛍光灯の光を新鮮な体で跳ね返していたとしても、今目の前を揺れるこの姿とは比べられない。水族館のライトアップされたペットたちとも違う、太陽が描く水面の影だけをその身に羽織っていて、言うならば、樹林の中で木漏れ日を浴びるタマムシのよう。
私はしばらくその魚と一緒になって泳いだ。自分よりも何倍もある影がすぐ後ろを引っ付いているというのに呑気なもので、まるで世間話でもしているような心地で、澄んだ青空の中を私たちは並んで泳いだ。

息をするのも久々に感じるほど、将来のために戦ってきたように思う

時間にしてみればほんの数分だっただろう。掴みどころがない、しかし力強い野生の美しい銀の子は、渚と平行に遊泳していた身をするりと暗転させてしまった。その身のこなしは見事なもので、パチっとまつ毛を上げた時には舞う砂を残しただけだった。
陸に上がればさっきまであんなに軽かった体はひどく重い。それでも陸地に垂直に立てば、太陽は水平線に迫っていた。
まるで長いこと将来のために戦ってきたように思う。実際はわずか三、四年のことなのに、粉骨砕身した日々のせいか息をするのも久々に感じてしまうほど。私は安息の日だって今と明日のことしか考えていなかった。
広大な海原を前にして、それはずいぶん笑えてしまう話。静かな波が風を運んできて、陸に駆けていく。顔面にまとわりつく生臭さ、それは生きている力で、死んでいった証拠だった。
食物連鎖を途方もない太古からたった今まで続けてきたこの水の惑星は、宇宙の先の未来の先までのんびりと今日を積もらせていく。