退勤カードを切った後、自主的に残業。唯一ホッとできる時間があった
私は以前、体に悪い働き方をしていた。
木曜日と日曜日が、その頃働いていた会社から与えられた休日だった。
休日前日の夜、要領が悪くて時間内に仕事を終えられる自信がない私は、恐怖に駆られてバカなことをしていた。
退勤のカードを切った後、明後日の分の仕事に手をつけて自主的に残業していたのだ(カードを切る時間は会社の規定で決まっていた)。
私は塾講師だったので、夜の中学生の授業が終わった後、深夜まで(悪い時は次の日の朝まで)校門前で配るノートセットのストックを準備したり、細々とした作業をなんやかんややっていた。
終電を逃してタクシーで帰っている間だけは、後部座席でホッとしていた。
今この時だけは、何も考えなくていい。だって明日は休日なんだから。通り過ぎる夜の住宅街の暗さが、疲れた体をすっぽりと守るように包んでくれていたのを覚えている。
そうして家に帰り、寝て起きると大体13時から15時。あー、明日の授業の準備しなきゃ、と思いながらも大して進まずにぼーっとしてしまい、1日が終わる。
またある時は、深夜帰ってからそのまま居間の床で寝てしまい、翌朝私を発見した妹に、気絶しているのかと勘違いされたこともあった。
思う存分眠るための休日。好きだったものに心が動かなくなった
私が働いていた塾は、出勤時には生徒への授業と営業活動をし、授業準備はすべて家で終えてくることが前提だった。
休日は、授業準備をするか、文字通り「休む」日になってしまったのだ。そこには、以前感じていたきらきらした遊ぶ要素は微塵も入っていない。ただ、思う存分眠りで意識を失うためにある日。時間があっという間に過ぎて、夕方しか印象に残らない日。私の休日は、こんなつまらないものではなかったはずなのに。
そうして、疲れが溜まった心と体は、どんどん「嬉しい」「好き」「幸せ」を感じなくなっていってしまった。好きなマンガ、TV、本を見ても心があまり動かなくなった。それらは、今の日常からあまりにも遠くて、私に関係のないものに見えたから。
朝、ベッドから起きて身支度をしようとすると、涙が出て絶望的な気持ちになり、またベッドに座ってしまう。いやいや、準備しなきゃ、と立つとまた涙が出て座り込む。朝2、3回こんな動きをしてしまっていた私は、思えば立派に病んでいたのだろう。
そんな日々が続いていたある日、ある音楽番組を見た。
「ザ少年倶楽部」
以前から私と妹はジャニーズにハマっており、ジャニーズとまだデビューしていないJr.が出演するこの番組を録画していた。
その時も、ボーッと番組を見ていたのだが、最後に流れた曲に衝撃を受けた。
自分に語りかけられたように感じる音楽。涙が私の頬を伝っていた
画面いっぱいに明るいメロディと、3人の美少年が一人ひとり映し出される。その周りを、まだ年少の笑顔かわいいJr.たちが大勢囲んでいる。そしてすぐ、美しく落ち着いた少年の声で、歌の始まりの言葉が紡がれた。
「Prince Princess」と。
自分に語りかけられたように感じてしまう、沁みるような、けれどリズミックなメロディ。ひとりぼっちで泣いている誰かを、また立ち直れると信じて、優しく包み込むように励ましている歌詞。
白いシンプルな衣装に包まれた3人の少年たちは光り輝いていて、地上の人ではないような軽やかさだった。
軽快なステップ、ターン、次々に繰り出される息の合ったフォーメーション。ダンスが上手なことはもちろんだが、それよりも3人がとても楽しそうに、くるくるステージ上を踊っていて、目が離せない。
そしてこの天使のような少年たちが、最高に楽しそうな笑顔で無邪気に歌のメインパートを歌った時、涙が私の頬を伝っていた。
私はその頃、自分のことを何も大切に思えていなかった。ボロボロでダメダメで、自分になんの価値も感じていなかった。それでも、彼らは、そんな姿でも誰もがPrince Princess で大切な存在であると、きっと君はまた立ち上がれる、と歌っていたのだ。
それは、私がこの時一番自分にかけたかった言葉で、一番思い出せなかった言葉だった。
職場で、いつもミスをしてしまい、問題を起こして上司の機嫌を損ねる天才。だけどどうやって、何から直せばいいのかも分からず、ただただ毎日に怯えていた私は、社会に必要がない、いらない人材なのだと、そう思っていた。
でも他ならぬ、私自身が私を必要としていたこと。未来に夢を見て、人生を進んでいきたいと願っている自分が心の奥の奥に、じーっと見つけられるのを待っていたこと。
色々なことが心の中に湧きあがってきて、TVの前で私は大号泣をした。入社以来、久しぶりの絶望以外で流した涙だった。
あの時の、歌とダンスが忘れていた明るい気持ちを思い出すきっかけに
その後、私は会社を辞めた。入社して一年しか経っていなかった。
すぐに決断、行動できた訳ではない。けれど、あの時見聞きした歌とダンスが、忘れていた明るい気持ちを思い出す、きっかけになったことは確かだ。
この世界には、こんなに美しくて楽しい場所がある。そう思うだけで、これからも私は生きていけるような気がした。
今、自分がどんな場所にいようと、どんな生き方をしていようと、自分が大切にしたい感情や、好きなことが分かっていれば、きっとどうにでもなる。
私にとってそれは、自分が笑顔でいられる選択をしていくこと。心の底から笑っていられるなら、この人生は勝ちだ。
この曲を歌っていた子たちは、King&Princeというグループのメンバーとして、華々しいデビューを果たした。
あの時、「Prince Princess 」というこの曲とパフォーマンスに出会えて、本当によかった。本当にありがとうございます。
私はこれから、自分で自分を笑顔にしていく。そしてゆくゆくは周りの人も巻き込んで、たくさん笑顔にしていける人になれたら、本当に最高だと思う。