彼との交際は、たった1ヶ月間だった。はじまりは、席替えのくじ引きで横に座った、小学6年生の残暑が残る9月。
毎週水曜日に彼が返却する「本の内容」を聞くことが楽しかった
授業以外は昨夜のドラマ、少年・少女漫画の話だったり、音楽番組の新曲を歌唱していたり、賑やかなクラスだった。
休み時間に決まって、彼はどこかに姿を消し、授業に入る少し前に戻ってきた。輪に混じらないだけで友達が多くいた彼は、いつも穏やかに誰かの話を聴く人だった。
席替えがあると同時に、恒例の委員会決めが行われた。私は特に希望がなかったので、なかなか決まらなかった図書委員に立候補した。毎週水曜日が、私の当番になった。当番の日に貸出カードや返却の本の整理しながら時間を潰していたら、彼がやってきた。
席が隣になったものの、あまり会話がなく過ごしていた私たちだったが、返却した本の表紙があまりに綺麗で私から「その本は鯨が主人公の本なの?」と話しかけた。突然話しかけたことか、あまりに馬鹿すぎる突飛な質問を投げられたことに驚いたのか、少し間があいたあと「違うよ」と一言いい、本の内容について話してくれた。
私は漫画以外の活字に接することがなかったので、彼が話してくれる物語に耳を傾ける日が楽しかった。それから水曜日は、彼が返却する本の内容を教えてくれた。
私の誕生日に一冊の絵本と「好きです」と書かれたカードをくれた
六甲の風が吹いたある日、私は誕生日を迎えた。放課後の図書館の一角に座っていた私は、彼から一冊の絵本を貰った。絵本は、長く一緒にいた愛犬が亡くなり、忘れない飼い主がいつでも愛犬を想い続けるという内容で、最後にメッセージカードに「好きです」と書かれていた。
そして、横にいた彼が「付き合ってほしい」と、声に出して言ってくれた。それから水曜日だけでなく、登下校も休み時間も一緒に過ごした。
水曜日の当番で帰りが遅くなってしまった日に、初めて手を繋いで帰った。いつもどちらかが何かしら話をしていたが、何故かその日はあまり彼も私も話さなかった。
初めて手を繋いだ日から1週間後に、彼から家族のこと、そして転校のことについて告げられた。あまりに突然で、一緒にいれないことに感情が追いつかず、驚いて思い切り泣いてしまった。
あまりに感情になったあの日以来、彼はいつも以上に優しく接してくれた。それがどこか申し訳なく、笑顔を絶やさないように心がけてくれていた。そして、彼が私との生活を少しでも記憶に残してくれればと思い、いろいろなところに行った。デートも彼が好きなことにも時間を共有した。
彼が引っ越す日、私は見送りに行き「初めて」本を贈った
学校の横にある文具屋に行き、彼は「引っ越した後はいつものように会えないが、文通をしよう」と言い、私にも便箋のセットを買ってくれた。
そして、引っ越し当日、仲の良い友人と一緒に彼を見送りをし、はじめて私も彼に本を贈った。すぐ本の感想を手紙で送ってくれた。私もすぐ返信を送ったが、やりとりはこれっきりだった。
正確な別れな言葉はなかったが、これが最後だったんだと感じた。私がもう少し素直になれれば変わったのかな、
色々感じた初彼氏。彼は本を通じてよく笑い、好きなものに対して饒舌に話す人だった。今でも本を見るたびに淡い気持ちになり、彼を思い出す。