生理が来ることって、喜ばしいことだと思っていた。もっといえば、早く来れば来るほど自慢出来るもの。おめでたいもの。小学生だったわたしにとって、生理とは“おとな”になる証だと思っていた。

小学3年生か、4年生か、とにかく、小学生の頃、女の子だけが保健室に集められて生理についての授業があった。「初潮を迎えると血が出る、子どもの産める身体になる」わたしの印象に残ったのはそれだけだったけれど、なんだかそれってかっこいいと思った。子どもが産めるって、おとなになるってことでしょ? と。

おめでたいことなのに「生理来たんだよ」言う子はひとりもいなかった

わたしは小学4年生から塾に通っていたのだけれど、そこで出来た友だちaが、5年生になったときに「今日生理なんだ」と言ってきた。

羨ましかった。塾での授業中、aがずっと体調悪そうにしていて、男の先生が「a、どうした、体調悪いのか?」と言ったとき、わたしは何も考えず「生理なんだって」と答えた。

休み時間になったとき、aに「なんで言うの?ありえない」と怒られた。クラスにはもちろん男の子もいて、まして聞いてきたのが男の先生だったこともあって、aにとっては恥ずかしかったようだった。だけどそのときのわたしには、何故aが恥ずかしがるのか分からなかった。

だってわたしは、早く生理来ないかな、早くおとなになりたいなと、そう思っていたから。

小学6年生になり、わたしにも生理が来た。嬉しかった。やっと来た! そう思った。母親に伝えると、お赤飯を炊いてくれた。やっぱり生理っておめでたいことなんじゃん。そう思った。

だけど、小学校のみんなは生理が来たことを隠していた。「わたし、生理来たんだよ!」と声を大にして言う子はひとりもいなかった。なんでなのか分からなかったけれど、なんとなくわたしもそれに従った。

就職して「生理で休むなんて甘えだよ」と言う先輩がいることに驚いた

小中高と、そこまで酷くなかった生理痛が、大学生になり20歳を超えたあたりからとてもしんどくなった。なんで女だけこんな思いをしなきゃならないのだろうと思うようになった。全然、おめでたくない。

就職して、病院に勤めだしたとき、生理の度に休む先輩がいた。「しかたないよね」という意見のある中、「しかたなくないでしょ、私は休まず来てるよ 。生理で休むなんて甘えだよ」と言う先輩がいた。

信じられなかった。同じ女なのに、生理痛で休むことが「しかたなくないことだ」と思う人間がこの世にいるなんて。一応、生理休暇というものがあったが、その休暇を利用する人はいなかった。ただの欠勤扱いだった。

ナース服は白いので、予定外に来た生理の血がついてしまう人もいた。そういう人に「あーあ」と、みんな冷たかった。

生理は自慢出来るものではない、おめでたくない、誇らしいものではない。“おとな”の証ではない。

だとしたら何故、生理なんてものが来るのだろう。何故、女にだけ来るのだろう。何故、同じ女なのに分かり合えないのだろう。

わたしは、いまのところ子どもを産むつもりはない。だから、毎月毎月来なくていいのに。止まってしまえばいいのに。閉経してしまっていいのに。いつの間にか、生理は疎ましいものになっていた。

被害者面したいわけではないけど「生理」についてもっと知ってほしい

わたしはたまたま病院に勤めていたから、女社会の中にいたけれど、普通の会社に勤める男性社会の中にいるOLさんたちは、きっともっと理解のない中にいるのだろうと思う。

いまの子たちがどういった教育を受けているのか知らないが、あの頃、女の子だけ集めて生理の授業をするべきではなかったのだ。男の子にも、生理の勉強をさせるべきだったのだ。

いかに辛いか。腹痛、吐き気、頭痛、目眩、酷い眠気。これに女性は、月に約7日も耐えている。排卵期も入れたら、毎月何日辛い思いをしている。被害者面がしたいわけではない。ただ知って欲しいのだ。

そしてわたしのように、生理が来ることを“おとな”の証と、おめでたいものと考えている子どもたち。その子たちが将来がっかりするような、生理であることを隠さなければならないような、そんな世の中のままであってほしくない。生理は人体の、女性の身体の、れっきとした働きなのだ。

お願いだから、生理で休むことを“甘え”だと捉えないで。辛さ全てを理解して欲しいとは言わない。分からない人には一生分からない。それはこちらも分かっている。

だけれど、分からなくていいから、口を出さないで。放っておいて。優しい言葉もいらない。「そうなのね」で済ます心の余裕を。男の子には知識を、女の子には優しさを。

それだけでいい。生理が恥ずかしくない、当たり前の世の中に。