20歳を過ぎ、1の位の数字が0から1になった途端、昔からの友人たちとの会話には、これまでより現実味を色濃く帯びた「結婚」という単語が出てくるようになった。
私自身は今のところ結婚も恋愛もあまりする気がないし、していない。友人たちもそんなことは分かっているので、強制もしてこなければ腫れ物扱いもしないでいてくれる。良い友人たちだ。

でも私にはそれに加えて、結婚や恋愛をもしするならこの人しかいない、となぜか思っている人がいる。だから新しい恋愛をしていない。今こうやって書いていても、私の中の客観視が私に正気かと問いただしてくる。
なぜならそれは、10代半ばの頃から想っていて、しかも付き合っていたわけでもない人だからだ。

夫婦漫才のように絡む彼に恋愛感情はなく、信用のようなものがあった

中学生の頃に特に仲の良かった男子だった。
もともと小学校の頃から交流はあったが、中学で同じクラスだった1年間に色々あり、気づけばウザ絡みされては軽くあしらう、という傍から見れば夫婦漫才のような日常を送っていた。
かといってそれは「両思いの男女が付き合うまでの過程」みたいなものではなく、彼には常に彼女がいたし、私は部活の先輩やクラスメイトに片思いをするなどしていた。恋愛感情のない交友だった。

恋愛感情はなかったが、私は彼に、他の男子には抱けない信用のようなものを感じるようになった。
彼と仲が良かった時期はちょうど我が家がガタついた時期と重なり、疲弊していた私にとっては、彼と女友達との3人でおしゃべりしている時か、部活動の友人たちと一緒にいる時が何よりの休息だった。家庭不和に際して、父親、そして極端な性格が祟ってついでに世の中の男性みんなが嫌いになり、表面上はそんな様子は見せないようにするのだが、男子と話すのは億劫だった。
でも彼だけは平気だった。平気であることが彼への信用になり、離婚の成立と同時に学年が上がって彼と別のクラスになると、なぜかその信用は恋愛感情にとって代わった。

信用は突然恋愛感情へ。彼も同じように感じてくれていたら

信用が恋愛感情にとって代わったメカニズムは未だに分からないし、高校以降は別々なのでSNSで相互フォローしている以上の関わりは一切ない。なのに気持ちは変わらなかった。
誰かに好意を向けられれば変化があるのではと思っていたが、高校時代にアタックを受けた人は、嫌なこともされていないのにむしろ嫌いになった。
からかいの延長でなぜか可愛いと褒められた水色の傘も未だに使い続けてしまっている。自分の中での彼の存在感に引いていると言っても過言ではない。

家庭の事情を彼に話したのは、美術の授業中だった。喋っていたら涙が出てきた私に彼がかけた言葉は、「頑張れ」だった。
もっといろいろ言ってくれたかもしれないが、真面目な話の時は口数が減る奴だ。おそらくこれだけだったと思う。
際立って素敵な言葉でもなんでもない。でも私には心強かった。今でもこの時少し元気が出たことを思い出して、また力をもらうような気がするのだ。彼への想いを再確認してしまうには十分過ぎる。

かと言って何か行動に移そうとは思わなかったし(クラス替え後は交友関係を続けたくて試行錯誤したりはしたが、恋愛的なことはしていない気がする)、今も思わない。
一方で私が彼に対して抱くような「特別」を、彼にも私に対して感じていて欲しいなどという傲慢な気持ちも正直ある。
でもそれは、付き合うとかそういうことではない。「結婚とか恋愛をするなら彼しかいない」というのは、「彼と結婚とか恋愛をしたい」ということではなく、どこかで何か歯車のようなものが噛み合って、私と彼の間にそういう機会が現れたなら……ということのようだ。そもそもが結婚も恋愛も積極的に欲してはいないゆえだろう。

達成目標がないこの恋に終わる理由はなく、次の恋を始めないでいる

最後に会ったのは成人式の時だ。
彼を見かけた時、お世辞にも素敵な姿ではなく心の中で笑ってしまった。馬鹿にしているのではなく、ああ、あいつらしいな、と思える姿だったからなんだか安心した。
でも5年以上抱えてしまったこの気持ちが、明かす気はなくとも気持ち悪く表面に出てしまうのが怖く、話しかける自信はなかった。
だが友人が一緒に写真を撮ろうと言うので写真を撮った。いくつか言葉も交わした。あの頃のように会話する自分たちが可笑しかった。
未だにその日の写真を見ては、彼が特別なのだと実感する。幸せでいて欲しいと心から願いつつ、その人生に立ち入る気は湧かない。
私が次の恋を始めない理由は、この恋に達成目標がなくて、終わらせる理由がないからだと思う。人によっては不幸せそうに見えるだろう。
実際、本当にそれでいいのか?他の恋をしないといけないのではないか?と肩を揺さぶってくる私もいるにはいる。いるのだが、こういう感情もあるのだと、どこか他人のような心持ちで付き合っていこうと思う。