2016年の春。隙間時間でできるアルバイトを探していた時、友達から「勉強を教えてあげて欲しい女の子がいる」と依頼された。通信制の高校に通っている17歳。過去、父親から性的虐待を受けていたという。
話を聞かされた時、少しためらった。実際に性的被害者と関わったことは無く、私にとっては教科書や映画の世界の話だった。
ただ、ちょうど時間が空いていたこともあり、依頼を受けることにした。

普通の子でほっとした。授業を重ねるたびにどんどん仲良くなった

性被害者への対応方法についてネットで調べつつ、ドキドキしながら初授業の日を迎えた。
明るい子だった。コミュニケーション能力もテンションも高い。問題集を解いてもらうと、中学校の授業内容はしっかり頭に入っていた。

正直、かなりほっとした。よかった、普通の子だ。
授業を重ねるたびにどんどん仲良くなっていった。休憩時間は休憩もせずに語り合う。好きなアニメの話、ドラマの話、恋愛の話、学校の話、コスメの話。普段友達と話すようなたわいのない話ばかりをしていた。

ある授業の日、センター試験の現代文の問題に挑戦する機会があった。初めての試験にしてはしっかり読み解けていて、わたしが褒めると「問題を解くのが楽しい」とはにかみながら答えてくれた。

彼女の好きなカルチャーは知っていても、生き方は知らなかった

わたしは考えた。彼女は進学をする気はないという。彼女が通う通信制の高校には驚くことに進路指導室がないらしい。
彼女くらいであれば国立大学は難しくても、地方の私立大学位に問題なく入れる。一浪して苦手な数学を強化すれば、地方国立も目指せるだろう。
勉強が楽しいなら、しっかり勉強できる環境があるという選択肢を提示してあげるべきなんじゃないか。

次の休憩時間、わたしはいかに大学が素晴らしい場所かを懇々と説明した。
勉強するには素晴らしい環境が整っていること。就職率、離職率、生涯年収も段違いだということ。奨学金を活用すれば、お金もそこまで苦労しないこと。
気持ちに熱が入り、あなたの学力であれば、こんな大学に入れるよと、スマホで様々な大学のHPを見せて話をした。

感触は悪くなかった。行ってみたい、という言葉の後に、「大学行くなら奨学金もらいつつ風俗でバイトかな」と続いた時、返す言葉を失った。「風俗」という言葉があまりに軽くて、どう解釈すれば良いかわからなくなった。

困った顔をしているわたしをみたせいか、彼女は自分の家庭について話してくれた。
「苦手」な父親が度々家に帰ってきていること。母親が病気がちなため、兄が夜の仕事をして働いていること。できれば家を出たいこと。

正直、フィクションだと思った。家族関係や彼女の環境について、さまざまな疑問は湧いては消えた。
しかし、彼女とわたしは本来交わることがないくらい異なる環境で生きてきたことだけ理解できた。わたしは彼女の好きなカルチャーは知っていても、彼女の生き方は知らなかった。
きっと、彼女にとって大学生活なんてフィクションで、風俗や性的虐待がリアルなのだ。

大学で性犯罪の記事を集めて学び、刑事政策の授業を取って考えたこと

その後のやりとりは、あまり覚えていない。授業後、大学の図書館で、片っ端から性犯罪関連の記事を集め、書籍を借りた。
わたしは無知だった。
彼女に大学を勧めるときの自分が傲慢だったように感じて、急に恥ずかしくなった。

性的虐待を受けてきた人のインタビューや、逆に加害をした人のインタビューを読んだ。性犯罪に関する法整備についても調べた。
現在では法改正され強制性交等罪が適用されるが、当時はレイプされたのが男性だった場合や肛門性交だった場合、強姦罪を問えなかったこと。
今では「監護者性交・わいせつ罪」があるものの、親などの監護者からの性的虐待は、「暴行や脅迫を伴っていない」ことを理由に罪の軽い児童福祉法で処理されていたこと。
家族間の性暴力の場合、生活の基盤が加害者に依存している場合が多いこと。

大学の選択授業では刑事政策の授業を取った。
性犯罪だけでなく、犯罪被害者側・加害者側双方のサポート環境がうまく整備されていないことや法整備が進んでいないことも知った。
多分、それまでの自分だったら、同情しながらも自分とは無関係のことだと思っていただろう。
でもわたしの大切な人や、わたしだって、環境や場所が違えば「被害者Aさん」や「X」や「Y」や、そして彼女のようになっていたかもしれない。いや、既になっているかもしれないと思った。

あの後も変わらず「勉強が楽しい」と話してくれた彼女は専門学校への進学を決めた。詳細は聞いていないが、お兄さんと二人暮らしできるようになったとのことだった。
そんな彼女も、この春から、社会人として働いている。

わたしは彼女に少しでも寄り添えていただろうか。
性犯罪規定改正のニュースや、彼女が社会人として働いている姿をSNSで見ながら、若く未熟だったあの頃を思い返す。