わたしには父親がいない。
まあ、生物学上そんなはずはないし、実際、わたしの一番古い記憶は父の後ろ姿だったりもする。でも、わたしの家にはお父さんはいない。そう思いながら生きてきた。

「お父さんの名前は?」みんなには世界一簡単な質問が、世界一難しい

幼い頃両親が離婚し、それ以来父には一度も会っていない。
顔も、声も、髪の色も、背丈も、どんな手をしているのかもわからない。
どこに住んでいるのかはおろか、名前すら知らなかった。
だから、連絡だってとったこともない。

中学一年生の時、部活のコーチに聞かれたことがある。
「お父さんのお名前は?」
当然、答えられなかった。
みんなにとっては世界一簡単な質問でも、わたしにとっては世界一難しい質問だった。
相手に悪気がないことなんて百も承知だけど、正直、その場にいるのが苦しくて逃げ出したかった。
俯きながら笑うことしかできなかった。
父がいないことを恨みながら。

わたしが父の名前を知ったのは、それから7年後、20歳の時だった。
海外旅行に必要なパスポートを作るために地元から戸籍謄本を取り寄せた。
そこで初めて、父親の名前を知った。
そして改めて、自分には父親がいることを痛感した。

顔も声もわからない父に想いを馳せることが人生の中で何度もあった

幼かったとはいえ、一度名乗ったことがあるからか、なんとなく身に覚えのある名字に胸がざわついたのを今でも鮮明に覚えている。
「そっか、こんな名前なんだ。」
13歳のわたしに、今手元にある父の名前を伝えてあげられたらなと、ありもしない手段を探してしまった。

そうやって、わたしは顔も声もわからない父に想いを馳せることが人生の中で何度も、何度もあった。
周りに気を遣わせてしまうたびに、母と喧嘩をするたびに、「ああ、お父さんがいたらな」って。

でもね、お父さん、あなたはどうでしょう。
わたしたちのもとを去ってから、一瞬でもわたしのことを思ったことがありましたか?
あの子今どうしてるかなって、想いを馳せてくれたことはありましたか?
そもそも、わたしのこと、覚えてますか?
一応、わたしあなたの長女なんだけどな。
この質問の答え、なんとなく全部“NO”な気がするし、あなたもあなたの人生を、私たちの影がない人生を歩んでいるはずだから、軽々しく「会いたい」とは言えない。
言いたくてもね。

父の人生から消えても、わたしの記憶や人生から、父は消えない

あの日、玄関から出て行ったきりわたしの前には一度も現れなかったお父さん。
あなたの人生からはわたしが消えても、わたしの記憶からも人生からもあなたは消えないんだよ。
戸籍謄本を見たときに、それを裏付けられた気がしたんだ。
わたしにとって“お父さん”はあなたしかいないけど、わたしはあなたにとってなんだったんだろうね。笑

お父さん(なんて呼んだことはなかったかもしれないけど)、あなたがいなくたって、わたしはちゃんと大きくなったからね。
あなたがいなくたって、寂しくなんかなかったからね。
あなたがいなくたって、わたしはずっと幸せだからね。
幼かったわたしも可愛かったけど、今はもっと、可愛いんだからね。
ほんと、見せつけてやりたいくらいだよ。
あなたのこと、絶対に許さないけど、大好きだよ。
ありがとう。

20年以上会っていない父へ
娘より