「もしかすると?」浮かんだ疑問に焦りを感じ、初期症状を調べた

2020年に入ってから国全体が180度変わった。
新型コロナウイルスという、今誰もが恐れている厄介なウイルスのせいだ。
一年半経った今でこそ、どこに行ってもマスク、消毒液、ガーゼなどは売っているが、最初の頃なんて争いだった。マスクがないと店員にブチ切れ、暴言を吐いて去っていく人なんてザラだった。

みんな必死だったのだ。
それはわかるけど人に当たったって仕方ないじゃないか。そんな状態から「コロナ鬱」という言葉まで出るほど国全体が疲れ切っていた。
2021年になり、やっとワクチンの話が進み出した。
それでも問題だらけだが、もう自分を守ることにしか手が回らない。コロナ前の日本を思い出せない。

そんなある日、私自身を疑うことがあった。
元々過呼吸を持っているから、なんとなく苦しいとか動悸がするとかは日常茶飯事だった。
だけど、もしかしてコロナの症状という可能性もあるのでは?と疑問が浮かんだ。
その瞬間すごく焦った。

今更ながら何度も何度も調べたコロナウイルスの初期症状を調べ、熱を測り、こんな時に限って微熱があったが、幸い該当するほどのものではなかった。
だけど私の父は糖尿病で、コロナになると最悪の事態になる。一緒に住んでいる私と母がたとえ無症状でコロナにかかっていたとしても父はそんなわけにはいかない。
糖尿病も重くない方だが、コロナウイルスはそんなの容赦してくれない。

もし家族がいなくなったら?その後なんて怖くて想像できなかった

もし父か母に私がうつしてしまったら?
私は生きていけない。父か母が死ぬくらいなら私が感染して死にたい。
これが最初に思ったこと。

色んな不満が2人にはあるし、親子間でもたくさん問題があり悩んでいるのも事実。
だけどそれ以上に助けられて、存在の大切さに気づいた。気付くのがどちらかを失う前でよかった。

別で暮らしている兄もいなくなられては私は本当に困る。物理的に救われてる部分しか見えてなかったけど、本当はその何倍も精神的に支えられていたんだ。
そんな家族がいなくなるのを見て、その後暮らしていくなんて怖くて想像も出来ない。

だから私は言ってみた。
「もし、パパかママがコロナになって死んじゃうなら、私がなって死んだ方がマシだわ。どっちかいなくなるのなんて寂しくて無理だもん」

我ながらよく親に言えたな、と思う。
2人はこんなことを言われて複雑な気持ちだったと思う。
「順番で行ったら先に親がいなくなるんだよ」と言われた。
すかさずこう返す。

「それは仕方ないしわかってるけど、コロナで今急にいなくなられたら納得できない。そんな寂しい中生きていけないから、誰かが死ぬなら私が感染して死ぬ方がいい」
「だってパパとママには子供が2人いるでしょ。私がいなくなってもお兄ちゃんがいる。でも子供にしたらパパはひとりでママもひとりだもん」

普段絶対にしない発言を家族に…。返ってきた返答に泣きそうになった

普段絶対言葉にしないような発言までしてしまった。何でこんなことまで言えたのか?コロナに感染して自分が最悪の事態になると覚悟していたのかもしれない。
すると親が言葉を返してきた。

「それはパパとママも同じだよ。子供は子供だけどお兄ちゃんは一人であなたもひとり。同じじゃないんだ」
ご飯を食べている最中にもかかわらず泣きそうだったけど我慢して、あとは他愛のない話をして終わらせた。

まさか自分がこんなことを言うなんて、そしてあんな返答がくるなんて思ってなかったからびっくりした。
だからって現状は何も変わらず、ただただ早くワクチンを打って少しでも安心材料が増えることを願うしかない。

毎日死者が出ている日本。いつ自分がそうなるか、その家族になるかわからない。大事な人を失うのは本当に耐えられない。
贅沢は言わないから、どうか私から大切な人を奪わないで……。
みんなそう思ってるだろう。

そして傷ついた人が一刻も早く前を向けますように。
私はバカだから専門的なことはわからないし、何が良くて何が悪いのかも的確な意見は言えない。
だから祈るしか出来ないのです。