マスクを毎日の”ファッション”アイテムとして使用する頻度が高くなるにつれて、自分の髪への関心も高くなった2020年。
新しいライフスタイルが定着する中で見つけたときめきについて話したいと思う。

髪の手入れの優先順位は、いつも最下位だった

体の中でこれまで最も気を使っていなかったのは、頭髪だと断言できる。髪質に悩みがない上に横着な性格も相まって、基本的には髪を下ろして過ごし、ご飯を食べる時や運動をする時だけ髪をひとつに結わくという自分ルールだけが存在した。

大学入学直後は、校則に縛られない自由の象徴として、もはや反動的にある種の義務感のようなものを伴って、デジタルパーマをかけたりカラーをしたりして楽しんでいた。しかし、その当時のオーダーでさえも「努力しなくても良く見えるスタイル」あるいは「朝起きてそのまま何とかなる髪型」というのが常だった。そもそも私にとって衣食住の優先順位は、第一に食、第二に住、第三に衣である。一番最後の衣に関わってくる”いわゆる容姿”の部分でも、フェイスケア、メイク、脱毛、ダイエット、おしゃれと続くランキングの下の方でかろうじてヘアケアとかヘアアレンジが思い付くくらいだ。

ヘアケアを重要視していなかったわたしが突如髪の毛に意識を向けるようになったのは、世界的パンデミックを引き起こしたコロナウィルスが蔓延してからだ。

コロナ禍のニューノーマルから芽生えたヘアケアへの意識

マスクとアルコール除菌が生活必需品に正式に仲間入りしてから、一番最初に手を抜いたのはメイクだ。マスクをするから見られることもほとんどないが、何よりマスクにメイクがついて汚れるのが好きじゃない。

4月5月の外出自粛期を境についには服にもこだわらなくなった。仕事の会議も基本カメラオフで、いつかの良い写真をプロフィール画像として載せておけばもう完璧。

こうしてコロナ禍以前は比較的意識を高く持っていた項目のうち、メイク、脱毛、おしゃれが脱落していくこととなる。楽になった、と喜んでいたのもつかの間。1年前までは毎日あたりまえに行ってきたことを必要としなくなったり、制限されてできなくなったりする経験を重ねていくと、日常生活が物足りなくなり、またその圧迫感から生まれるストレスを持て余すようになった。

蓄積された鬱憤を、社会人となった者の性かな、「お金を使う」ことで解消することが日々のちょっとした楽しみとなっていった。
一番最初の課金先はやっぱりフェイスケアとボディケア用品だった。ただ、ある日ぼんやり見ていたテレビから「メイクより、おうちでするヘアケアが今は楽しい!」というゲストのコメントを聞いて、なぜか胸が震えた。ビー玉を床に落とした時のような重い音と衝撃が、身近だけど、考えを巡らせたことのなかった世界を開けたみたいだ。

心が躍る体験が、身近なところにまだ残っていた

思い立ったが吉日、新しいトリートメントを買った。その事実にどうしようもなくワクワクして、大好きな夕食後のだらだらタイムもその日はサッと切り上げてお風呂に嬉々として向かった。シャンプーとコンディショナーを終えて、普段はつけないトリートメントをつけてみた。ちょっと奮発してチューブ型でないタイプだ。それだけでも新しいおもちゃを手にした時のようにときめいた。

髪を滑るなめらかさに感動しながらも、トリートメントを洗い流すべくシャワーに手を伸ばした時に見た鏡の光景が今も鮮明な映像として残っている。何故ならそれまで数年、鏡をほとんど意識して見ていなかったらだ。鏡越しに見えた髪はつやつやしていた。我が家のお風呂場のまあるいぼんやりしたオレンジ色の光を、髪が綺麗に反射していたのだ。シャワーをかければつやがうねって、生きているように見えて、その神秘的な光景に心を奪われた。毎日何も考えずに辿っていたルーティーンが嘘みたいに楽しく変化した瞬間だった。

身の回りの何もかも、ましてや自らの体の一部までが不思議で関心をそそるものであった幼少期とは違い、大人になると目新しく感じるものが身近にもうない気がして、旅行とか贅沢な体験とかどこか逃避行を連想させる遠方に新鮮な体験を求めがちになる。

その上大抵のことは経験をしなくても、先に頭で考えて理解しようとするから、予想の範疇を出ない限り、大きな感動や喜怒哀楽を感じにくい。立派な心の不感症だ。

コロナ禍でのおうち時間が与えてくれたトリートメントとの出会いはここ数ヶ月の暗い気持ちを一新してくれたと言っても過言ではない。

髪にお金と愛情をかけるようになってから、新しい目標もできた。今のうちにもっともっと髪をいたわって、綺麗に伸ばしてヘアドネーションをする。
だから、次美容院に行く時は、これまで挑戦したことのなかったサロントリートメントをすると決めている。

その時はまた全力で、新しい体験に心揺さぶれながらも、生まれたての感情たちをぎゅっと抱きしめてあげたい。