髪色自由の求人は半数以上『茶髪まで可』のことである。

わたしこと片手羽いえなは12月末日で仕事を辞め転職活動中の身だが、髪色は一部青色だった。

転職先を探すのには難儀していた。如何せん、髪が青いもので

仕事を辞めた理由は色々あるのだが、決定打はお電話口のお客様からセクハラを受けた際の対応だった。

わたしは怒ることが出来ず「申し訳ございません」と下手に出てしまったのだ。

普段であれば諸々の配慮をかなぐり捨てて罵倒しているくらいのセクハラだったのにも関わらず、だ。
だから、わたしは心が摩耗しきる前にと辞職の意思を固めた。

しかし転職先を探すのには難儀していた。如何せん、髪が青いもので。

まず、自分の条件を登録しておいて求人メールを待つタイプの求人サイトでは、登録しておける条件の中に『髪色自由』がない。そのため貰っても役に立たない求人メールが大量に届き、却って邪魔になる。

更に、自分から検索しに行く求人サイトの検索窓に『髪色自由』を入力して選んでも、概要欄に「※明るい茶色まで」と書いてあったり、問い合せた際に「茶髪まで」と返されたりする。
深夜の清掃員なら大丈夫だろうと面接を受けたときさえ「明るい髪色を変えられるなら、是非にと思うんですが……」と歯切れ悪く返って来た。

社内の人間としか会わない仕事だぞ、正気か!? と思ったが、会社の方針なら仕方がない。

今はただ、アイデンティティの問題で髪色を変えずにいる

職探しで髪色がネックになるのは今に始まったことではない。学生時代のバイト探しも一苦労で、バイト先の大半はウィッグをしっかり被ることを条件に採用されていた。

髪色を変えることに抵抗がないなら、黒髪か茶髪にするところだろう。
わたしの場合は、一部青色のままだ。
いつだったか元バイト先の愉快な毒舌ボーイに髪色を指して「ここは地球だよ」と言われたこともあったけど、それで特にどう変えるということもなかった。

勿論、ずっと青色でいられたわけではない。維持費がかかりすぎるのでしょっちゅう色あせを起こして緑色になっているし、染め直す工程としてブリーチをして一時的に金髪になっていることもある。

服飾にもそれほど拘りはないし(たまに着物は着るが)、髪型も常にキメているわけではない。

では何故髪が一部青色でなくてはいけないのかと言われると……正直、ちょっと答え方に困る。面接で聞かれるときは「バンド活動があるので」と言っているが、そんなの半分は方便だ。

わたしは、自分の髪が青色だと思っている。それだけだ。
ポストは赤いし、喪服は黒いし、ウェディングドレスは白いし、夕陽は少なくとも一部は橙色だし、わたしの髪少なくとも一部は青色なのだ。

青色になるきっかけはあったが、それも今となってはすべて年月に洗い流されて意味をなくした。
今はただ、アイデンティティの問題で髪色を変えずにいる。

大人だからこそ、無闇に信念を曲げるべきではないと信じている

人には優先順位がある。

希望の仕事のためならアイデンティティの切り売りくらい難なくこなす人もいるし、家族のためなら尊厳をすり潰されようと構わない人もいる。

だけどわたしは、わたしでいたい。
セクハラされても頭を下げ続けるような人間ではいたくないし、多様性の時代にあってまだ黒髪茶髪に拘泥している社会に理解を示したふりをして髪色を切り売りしたくはない。

わがままではあるだろう。だけどわがままというのは道を切り拓くものでもある。

誰もが従順な羊であったなら、茶髪可の求人ですらもっと少なかったんじゃないかと思う。

わたし、片手羽いえなは今年の四月で三十歳を迎える。

迎合だけが大人になることだとしたら、凄まじく幼稚な三十路前だ。
しかし、わたしはそうじゃないと思っている。
寧ろ大人だからこそ無闇に信念を曲げるべきではないと信じている。

わたしはわたしのために、そしてわたしの後に人生を辿る子たちのためにも、大切にしたいわがままは貫く所存だ。

2021年、今年もわたしはわたしでいたい。