2020年6月末、六畳一間のアパートに横たわって、私は母にメッセージを送った。
「助けてください」と。
就活も恋もうまくいかず残ったのは、取れてない単位と散らかった部屋
その年の初め、私は友達に連れられ、生まれて初めて占いというものに行った。
2020年の運勢を占ってもらったところ、「2月は寒いので体調に気をつけて」「4月は環境の変化による心身の不調に気をつけて」「あとの月は仕事運も恋愛運も上々だよ」とのことだった。
私は神妙な顔を作って「なるほど~」なんて言いながら、出遅れた就職活動のこと、最近ギクシャクしている恋人のことを思い出していた。
この日本で、一体何人の人が冬に風邪を引き、春に環境が変わってストレスを感じると思っているんだろう。何も変わらない一年が始まりそうだなあ、なんてそのときはぼんやり考えていた。
それからはと言うと、案の定恋人には振られ(「君との将来を考えられなかった」そうだ)、志望していた旅行会社からはサイレント不採用を頂き、私に残ったのは取り切っていない大学の単位と、散らかったアパートの部屋だけだった。
なんにもなくなってしまった。
友達には会えないし、アルバイト先は休業になってしまったし、大学のオンライン授業は段々と出席しなくなったし、お腹は減るけれど外に出たくないし、外に出ないからお風呂に入りたくないし、一日一食と決めて取る出前の空の容器を掃除をする気も起こらないし、自分も家も汚いから布団から出たくないし、もう何もしたくない。
5月と6月はこんな風に過ごしていたと思う。
実家で生活が安定した頃「異性」が気になり始めた、マッチングアプリ
このまま死ぬのかなあ、このゴミ屋敷に埋もれた汚い死体を見られるのは嫌だなあ、とか考えていたときに、母から「ご飯でも食べよう」と連絡が来た。
現状を説明した後、情けなくて泣きながら、私は数日分の下着の替えだけを持って実家に帰った。
家族に支えられながら新しいアルバイト先を見つけ、それなりにきちんと日々を送れるようになった頃、私は久しぶりに見た「異性」というものに、異様にどぎまぎしていることに気が付いた。
アパートには無かったテレビに映るイケメン俳優、電車で向かいに座った人、ブログなんかに出てくる漫画の広告の登場人物。不意に「人肌恋しい」などと考えるようになってしまっていた。
まずい。このまま悶々としていたら気持ち悪い人になってしまう、なんとか捌け口を見つけなければ。そんな気色の悪い思いで、マッチングアプリをダウンロードした。
捌け口は簡単にいくつも見つかった。
前の恋人と別れてからの約半年の間に面白いほど忘れ去っていた(鬱積していた?)異性との交流をし尽くした頃、突然虚しくなった。
「捌け口と思わない誰か」を求めた1年は終わり、新しい人と出会った
マッチングアプリにいた人たちのほとんどは、自分も含めて、相手にさほど興味が無いか、興味が湧いてしまった相手には絶対に入れ込まないよう、細心の注意を払っていたように思う。
一定の距離を保ちながら食事に行き、することをしたらさっさと帰る。また会うかはわからない、決めない。
そんなマッチングアプリで恋人を作ろうだなんて考えは持てなかったけれど、それでも私は、「お互いのことを捌け口だなんて思うことのない誰か」を求めていた。
そのまま2020年はあっさりと終わった。あの占い師大嘘つきだったなあ、なんてぼんやり考えていた2021年1月、久々に新しいマッチングアプリの人と会うことになった。
土曜の夜遅くに駅で待ち合わせ、電車に揺られながらその人の家に向かった。道中話しながら、面白い人だなあと思いつつも、期待してはいけない、踏み込んではいけないと、言葉や態度を注意深く選んでいた。
家に着き、少し一緒に過ごした後、いつ帰ろうか思案していたときに、深夜のローカル番組で、変わり種のお茶漬けを出す店が取材されているのが目に入った。
「おいしそう」と独り言を漏らすと、「確かにおいしそう。明日デートがてら食べに行こう」と、楽しそうに彼は言ってのけた。