朝、顔を洗う前に鏡を見る。
「相変わらず顔色が悪いなぁ。左頬に布団のシワの跡がついている。あれ、口角にほうれい線なんてあったかしら? まだ20代なのに……あっそうか! 昨日飲みすぎたうえに、うつ伏せで寝たから、むくんでいるだけか」
わたしの朝はだいたいこんな感じで、それから化粧水、乳液、日焼け止め、化粧を経て仕事に向かう。

化粧は一日を心地よく過ごすための大事な行為

朝の化粧は生活の質を左右する重要な儀式。なぜなら、その日施した化粧が、その日一日中、自らの脳裏に焼き付けるセルフイメージとなるから。
電車に乗るときや会議で発言するとき、給湯室で立ち話をするときだって、「今自分はどんな顔をしているのか」を、朝化粧を終えた瞬間の顔をもとに想像する。
これが、化粧をしないままだとどうなるか。その日のセルフイメージは、洗顔したときに鏡で見た「顔が青白く、左頬に布団の跡がついていて、口角にほうれい線のようなものがある」覇気のない顔となってしまう。間違いなくテンションは下がり、最悪の場合仕事にも影響が出る。
そんなわけで、化粧は心地よく過ごすための大事な行為なのである。

今では歯磨きをするように化粧をするわたしだけれど、学生の頃は化粧どころか、お洒落をすることすらためらっていた。
化粧やお洒落に時間と手間をかけることを誰かに白い目で見られるのでは、と人目を気にしていたからだ。
数多ある顔の中からわたしの顔だけを気にする人なんて、そんなに居るわけないのに、その頃は自意識過剰だったのだ。

ある発言から「お洒落に手間をかけるのは良くない」と考えるように

わたしが自意識過剰になったきっかけは中学生の頃。
制服でお洒落ができない分、ヘアアレンジに凝っていた。編み込み、シニヨン、ポニーテールにツインテール。その頃のセルフイメージはヘアスタイルの種類で決まっていたように思う。
キリッとポニーテールを結べばテストを頑張れるし、かわゆ~い編み込みは合唱コンクールで表現豊かに歌うためのおまじない。そんな生活だった。

ある日、学級委員の集まりで、隣のクラスの女の子からわたしの髪型についてチクリと言われた。
「毎日、髪型をコロコロと変えて、先生に注意されないの?」
えぇ~なんで……? 前髪は眉上だし、髪も肩につかないようにして、校則の範囲内で楽しんでいるんだけどな。
彼女はいつも髪を後ろでひとつ縛りにひっつめ、サッパリと洒落っ気のないスタイルだった。何事にも無駄のない彼女のこの発言に嫌味などはなく、わたしのような手の込んだ、時間のかかるヘアスタイルが単に不思議でならなかっただけなのだと思う。

大人になった今はそう割り切って受け止められる。
けれども当時は、自分のスタイルがそんなふうに批判的に見られていたことがショックで、たしかにお洒落に手間をかけるのは無駄で良くないよな、と考えを変えた。そしてだんだんとシンプル路線に走るようになった。
高校生の頃はずっとスタイリング要らずのボブヘアで、それはそれでラクだったけれど、生来お洒落好きなわたしにとってアレンジの利かないボブヘアは、あんまりテンションの上がるスタイルではなかった。

顔のコンディションを整えると、良い一日を過ごせる

シンプル路線から再び洒落っ気を出すように路線変更したのは大学生になってから。
最初は面倒くさいので化粧を始めなかったが、母親から「化粧はマナーよ。大人なのだから、良い顔で人前に出ないと」と常套句のような言葉でたしなめられた。
しぶしぶドラッグストアに連れていかれ、道具を一式揃えた。
白粉パウダーをつけ、アイラインをひく。最初はごくシンプルな化粧だったけれど、たったそれだけでコンプレックスだった血色の悪さが消え、目に力が宿った。

マナーとして他人の為にするという名目で始めた化粧だったが、それ以前に化粧は自分の為になることを知った。初めての化粧で自分の顔が、鏡の中でシャキッと輝いたことは、今でもはっきりと脳裏に焼き付いているから。
化粧の効果は本当に絶大で、しょっちゅう顔色の悪さを誰かに心配されていたのが、化粧をすることでなくなった(心配させないこともマナーかしら)。
気を良くしたわたしは、もともとヘアアレンジが得意なくらい器用だったこともあり、化粧の腕前をみるみると上げた。

朝、顔のコンディションを整えると、テンションが上がって良い一日を過ごせる。
中学生の頃に手放し、大学生になって再び手に入れたこの法則に助けられるべく、今日も化粧をする。
テレワークになった今も、zoom画面に映る自分の顔を見てテンションが下がらないよう、白粉パウダーだけは欠かさずにはたいている。
今日もわたしは顔が良いので頑張れます!

ちなみに、わたしにチクリと言った彼女はシンプルを貫いているのか、大人になった今も髪型は変わらず、化粧もしていない。
チクリと放ったあの言葉は、もしかしたらシンプル一辺倒に見えた彼女も、本当は自分のスタイルに悩んでいたことの裏返しだったのかもしれない。
それでも今は、化粧の力がなくたって、彼女はバリバリと働き、Facebookに載せている顔はキリッとした表情でテンション高めに頑張っていることが伝わる。
一度は彼女の発言に影響されたわたしなので、彼女の変わらない強さが時々いいなぁと思う。
でも、やっぱりわたしがお洒落好きなのは生まれつきだし、化粧の絶大な力を知った今は……わたしも変わらず化粧を続けようと思う。