カタカタ、カタカタカタカタ。部屋に、その音が響く。今日も、小説の新人賞獲得の夢のために文字を打っていく。指が、キーボードの上で、まるでタコのあしのように動いている。

んー、この内容だと普通すぎるかな?  
あれ、この単語の意味ってなんだっけ?

頭の中はいつも小説のことでいっぱいで、ネタが動き回っている

私のこの姿を見た人の目には、ただキーボードを打っている人、という風にしか映らないかもしれないけれど、私の頭の中では膨大な知識や小説のネタが動き回っている。
どれをどのタイミングで書こうか、違う構成の方が面白いんじゃないか、とにかく頭の中は小説のことでいっぱいだ。
なんで小説を書くか? 単純に、書きたいから。
なんだろう、書かなくても生きているけど、書かないでいると無性に文字を打ちたくなってきて、散歩をしていると、あ、こういう物語いいかも、と妄想をしてしまう。
仕事で嫌なことがあった時とかは、あ、これ小説のネタになるかも、なんて、ブルーな気持ちが一瞬で小説という色に変わる。小説のおかげで、いい方向に考えることが出来るんだ。
でも、新人賞用に書いている小説は人に見せたりしないし、不特定多数の人の意見を貰うこともない。
孤独、という言葉がぴったりと当てはまって、ふとした瞬間、小説を書いていて苦しくなる瞬間に、ああ、こんなことしてて意味あるのかな、なんて思ってしまう。

ケータイ小説のファンからの反応が、書くモチベーションになっていく

そんな時、私はあるところから元気を貰う。それはいわゆるケータイ小説だ。
新人賞用の小説じゃなくて、本当に趣味で、自分の書きたい物語をなにも考えないで自由気ままに書いてるところ。
そこで小説を書くと反応を貰える。ファンがつく。私の拙い小説を待ってくれてる人がいるんだと、自信がつく。

ある時、それはクリスマスの1ヶ月くらい前の話だった。
新人賞用にも書いていて、なんだか最近筆が乗らないなあ、なんて思っていた時、よし! クリスマス用の恋愛小説を書こう! と思い立って、執筆を開始した。
とにかくクリスマスに間に合うよう、暇があればその小説を書いた。新人賞用の小説と違って、本当に息苦しくなることもなく、途中で文章が思いつかないなんてこともなく、すらすらと、大好きなクリスマスの物語を綴っていく。
毎日更新するたびにしおりが増えていって、書くモチベーションも上がる。感想が付くと、天にも昇る心地になって、文章を打つ指のスピードが上がる。

自分にもファンがいてくれるんだ、と鼓舞して文章を紡ぎ続けたい

読んでくれている、私の物語を面白いって言ってくれている人たちが、たしかにいる。
それは、新人賞用の小説を書いている時には感じられない心の高揚。
だいたい20日後に、書き終わった。一度全体を見直してから、完結のボタンを押した。一気に身体の力が抜けた。ああ、書き終わった、という満足感で満たされる。
するとなんと数日後に、編集者のおすすめに選ばれ、読者数が鰻登りに増え、嬉しい感想もたくさんいただき、それを見た時に、ああ、小説書いてよかったな、と心から思えた。そう、この瞬間を味わいたくて私は小説を書いてる、この瞬間は、何事にも代えられないほどに胸を躍らせるから。

今は新人賞締め切りのラッシュで、ケータイ小説の方では執筆はしていない。
でも、ふと苦しくなった時、ファンの人数や感想を見て元気を貰っている。そうすると、よし、頑張ろう、と気持ちが上がって、壁を乗り越えることができる。

今日も新人賞用に小説を書いている。多分また近いうちに壁にぶち当たって、あーもう無理と投げ出したくなる。
でもその時は、自分なんかにもファンがいてくれるんだ、と鼓舞して文章を紡ぎ続けたい。
そしていつか、本という形で私の物語を多くの人に届けたい。
そして、私の小説で『元気をもらいました!』と、笑顔を与えられるようになりたい。