医療従事者の彼氏をもつと、ただでさえウイルスによって緊迫した生活にどっと制約がかかる。
でも、彼の話は悲しくも「こういう時代だったから」で飲み込める話ではなかった。
倒れるように眠るほどのプレッシャーを抱えて働く、医療従事者の彼
ウイルスが蔓延し始めた年、私は学生最後の瞬間を毎日噛み締めて過ごしていた。一つ年上の彼は、医療事務として大きな病院に来る患者さんを、毎日何人も迎えては見送っていた。
家に帰ってきては、倒れるようにして眠りこける。何回起こしても起きないくらいだ。
医療関係の人と付き合ったのはこの時が初めてだったので、この時代であろうとなかろうと、気をつけることがあるのだろうと思ったけれど、より一層背筋が伸びるような心境の中で暮らしていた。
当事者ではないけれど、彼の話を聞く限り、「今日も俺がコロナにかかって、病院中でクラスターが起きる夢を見た」、それくらい大きなプレッシャーを抱えて生きているんだと思った。
幸運なことに私自身は4月までの期間、とりわけ人と会う必要がないわけだから、そこに関しては彼も安心していたようだった。
「駅近じゃないところ」生活のため働きたい私に、彼が出した許可条件
そんな時、私の内定先の会社は10月入社となった。このご時世そんなこともなくはないかと思ったが、私の中で10月まで収入なしでどうして生きていこう、という不安感に襲われた。
半年前に学生アパートの解約手続きをしていたため、ここにきて引っ越しの費用が嵩んだというのもある。学生を卒業し、親の手から離れ、社会人として放り出された挙句、急にフリーターになってしまったという虚無感は計り知れなかった。
とにかくお金を稼がなければいけないと思い、アルバイトを探した。
しかし世間は厳しいもので、その頃はスーパーかコンビニしか雇ってくれるところはなかった。
就職後を加味した駅近の条件のいいマンションに住み続けるには、コンビニの夜勤しかなかった。そして、一連の流れを説明し、アルバイトしなければならないことを彼に告げると、彼はいい顔をしなかった。
無理もない、感染する確率はあがる、そう思っていた矢先、「コンビニはいいけれど、駅近じゃないところにしてね」。
言いたいことはなんとなく分かったが敢えて聞いてしまった「なんで?」、すると「他のところよりも確実に人が集まるでしょ、そうしたら俺がコロナにかかる」。
私を差し置いて、自分の心配をする彼。私は彼の何者なんだろう
それから、私という人物は彼の何者なんだろうと考えた。やはり人は、自分が一番愛おしく大事で、最優先なのかもしれない。
振り返れば、私もそうである。私だって絶対コロナになんてかかりたくない。無駄に働いてかかるくらいなら働かずに引きこもっていた方がずっといい。
それでも生きていくために、リスクを背負ってでもなるべく家族にも迷惑をかけず大丈夫な日々を送りたいと思うから、何かしらのかたちで働く必要があると思った。
それでも、そばに居る大事な人を差し置いて、自分の心配をする人の気持ちを理解することができなかった。
その時、彼に対する信頼の糸がプツンと切れてしまったようだった。
人を苦しみや死にいたらしめる他に、こんな心ない言葉を生んだのはあのウイルスのせいなのかもしれない。
その言葉を訂正させる気も起こらなかったのは、誰しもが無意識の極限状態の中で、今をやり過ごしているのがわかるから。どんな思いを抱えて病院で働いているかを、目の前で見ていれば痛いほどわかるからずるかった。そんなやるせない自分の心情を、それ以上のものを抱える人に押し付けられなかった。
潜在的な意識の中で、彼の中の私の在処を知ってしまったからには、もう後には引けなかった。