タイムマシンができたら行こうと思ってた場所があった。
小さい頃に開催していた期間限定の博覧会。楽しくて、大好きで、毎日通っているうちに私の価値観は大きく変わり、一生を捧げたい将来の夢に出会った。

しかし今は少し違う場所に行ってみたいと思っている。
それは中学受験の頃だ。

猛勉強をして合格した中学。大変なのは、入学してからだった

ひょんなことから中学受験をしたいと親を説得し、塾に通うことになった。親の期待を一身に背負って、というわけではなく、むしろ親は行きたいところに行ければ、くらいに思っていた(もちろん応援してくれていた)。
初めての模試で叩き出したのはまさかの偏差値60越え。そこから周りの評価が一気に変わった。親も訳がわからないとでもいうように、驚いた顔をしていた。もちろん、その凄さをその時はよくわかっていなかったが。

その後も順調に成績を伸ばし、偏差値70を越え、ついには80を叩き出した。順位も面白いくらいに伸び、教科ごとでは全国1位なんてこともざらだった。
そして、まるでゲームを攻略するかのように猛勉強をし、無事第一志望に合格した。

しかし、大変だったのはそれからだった。
周りはもちろん天才と秀才に囲まれている。それに気が引けたのか、そうでないのかわからないが、仲の良い友人がなかなかできなかった。勉強に手がつかなくなり、部活も辞めてしまった。
そうして迎えた大学受験は全落ちという悲惨な結果となった。この時私は初めて人生でどうにもならない経験をした。

なんで大学受験で頑張りきれなかったのか、と自分を責めた

それから一年を経て、周りからはすごいね、と言われる大学に進学した。しかし私の高校からすると、少しランクの下がる大学だった。高校の友人も、頭がいいね、とは言わなくなった。

うまく悔しさを隠しながら大学生活を送っていた。弱音を吐いても自慢のように聞こえるし、嫌な思いをする人がいるのは明らかだった。
プライドを隠すために、あえてバカないじられキャラを演じた時もあった。しかしその生活は、日に日にガタが来るようになった。

表面化してしまったのは、就職活動の時だった。
周りもピリピリしており、高校の自慢をする人や、自分の能力の高さを自慢する人が現れた。今まで笑いとばしていたイジリも、バカにするなって思うようになった。もっと頑張らなきゃダメだよ、そんな心ない言葉を言われた時もあった。
その度に私は心の中で、私は地元でトップの高校に行っていたのに、とか、全国一位だったのに、だなんて毒づいていた。それと同時に、なんで大学受験の時頑張りきれなかったのか自分を責めた。中学受験であんなに頑張っていたのに、なぜこときれてしまったのか。

大人になった今ならわかるかもしれない。勉強のストレスなのか、仲間のいなかったストレスなのか、親からの期待を無意識に感じ取ってしまっていたのか。
それを見に行きたい。

辛いことがあっても、私はできる人なんだと思える心の支えとなった

就職活動は無事に終わり、憧れの場所への就職が決まった。
大学受験は思い通りにいかなかったが、医者や弁護士になっていった高校の同級生たちに少しは顔を合わせることができる。
そう思うと、これまでのことも報われるような気もした。

最近、高校の友人と何年かぶりに会った。あの時すごかったよね、と言われた。中学受験の時のことだ。
それまで頭がいいというのは不幸だと思っていた。せっかく努力しても中高で苦労をし、残っているのはプライドだけで迎えるは転落のみ。それなら、少し要領が悪くても、周りに好かれる人生がいい。

でも、この友人の言葉に救われた気持ちになった。あの時のことを覚えてくれてる人がいる、それだけで私にとっての心の支えとなりえるのだ。
そして今ではその高校に行っていた事実と、優秀な人たちに囲まれていた事実、そしてその一員だったという事実に誇りを持っている。どんなに辛いことがあっても、私はできる人なんだ、そう思える大きな心の支えとなった。

それから当時のことを少しだけ思い返した。
なぜあの時頑張れたのか、そしてなぜ頑張れなくなったのか。まだ答えは出ない。
その答えを探しに少しだけタイムトラベルができたらいいのにな、と思う。