4年間の恋愛が終わった。
いや、本当は、とうに終わっていたのかもしれない。
心の奥の奥ではずっと気づいていた。この人では幸せになれない、と。

21年間大した恋愛経験がなく、人を好きになったのも中学生の頃が最後、このまま誰のことも好きにならずに、また誰にも好かれずに生きていくのだろうなとぼんやり思っていた。

運命のような出会いをした彼。夢みたいに楽しい期間が始まった

大学3年生になり、一生結婚しないことを前提に考えて就職活動を始めた。
キャリアウーマンとしてバリバリ働いて、1人で生きていけるだけの経済力をつけたい、と初めの頃は考えていた。

しかし、体力にはあまり自信がなかった。責任も重くストレスも多い仕事を、心身を壊さずに続けられるのか。もし何かあった場合に助けてくれるパートナーがいないではないか。
そう考え直し、給料は低いが残業がなく、体力がなくても一生働き続けられそうな事務職に絞って就活を進めることにした。
そんな時に、彼と出会ってしまった。

グループワークで同じ班になり、顔や話し方がとても好きだと思った。彼が発表している間、長くてふさふさの睫毛を見つめていた。
発表が終わり、帰ろうとすると声をかけられた。駅までの道を一緒に歩いたが、会話が途切れることはなかった。

じゃあ、と彼が言い、連絡先を聞くことも聞かれることもなく別れたが、私は、何の根拠もなく、この人と結婚するんじゃないか、と思っていた。

それから1週間がたち、また別の会社の説明会を受けに行くと、なんと隣の席にあの彼が座っていたのだ。お互いすぐに気づき、連絡先を交換し、その日のうちに食事をし、それからは夢みたいに楽しい期間が過ぎていった。

夢のような期間が嘘のよう。「愛されている」勘違いが生んだ執着

毎日のように電話をし、毎週のように会っていたが、だんだん彼からの連絡頻度が減り、私は焦り始めていた。
せっかく恋人ができそうなのに、このチャンスを逃したらもう一生誰とも付き合えないかもしれない。

私が恋だと思っていたあの気持ちが、執着に変わったのは、今思えばこの頃だったと思う。
突然彼に電話をかけ、「付き合ってくれないならもう会わない」と伝えた。

すると彼は面倒くさそうに、「突っ走りすぎでしょ。まあ、じゃあこれからお願いします」と言って電話を切った。
付き合うって、こんなに不機嫌に始まるものなのかな、と不安になったのを覚えている。

不安は的中し、夢のようだった期間が嘘のように地獄が始まった。彼からの連絡が来ないと焦り、もう誰にも好きになってもらえないと泣き、自分ひとりでも幸せに生きていたことをさっぱり忘れ、恋人がいることこそが幸せと、勘違いしてしまっていたのだ。

会えない間は泣いてばかり、会った時のつかの間の幸せに溺れ、付き合ってから4か月が経った。こんなに疲弊する恋愛はつらいと、別れを決意した。
思い切って彼に連絡をすると、「絶対に別れたくない」と泣き出した。

私はここでもまた勘違いをしてしまった。別れたくないということは、彼は私を愛しているのだと。真剣に考えてくれているのだと。
彼も、私に執着しているということには気づかなかった。

恋愛は幸せになるためにするものだ。私は私の道を歩き出そう

その一件を機に立場が逆転した。私は、気に入らないことがあると「別れる」と口に出し、彼が私を嫌わないかを確かめては安心した。
そして、どんどん自分のことが嫌いになっていった。
彼という存在を、恋人がいるという自分を、友人や家族にひけらかすことだけが私の幸せになっていた。

別れる別れないを繰り返して4年、私は25歳になっていた。
ふと周りを見渡すと、みんなが幸せそうに見えた。恋人とは、お互いに幸せを与えあい、安心して感情をさらけ出せる存在なのだと気づいた。

恋人がいない場合も、友人や家族と充実した時間を過ごしたり、趣味に没頭したりしていた。幸せは、恋人の有無で決まるものではなかったのだ。

そう気づき、別れを切り出した。これまでとは違う私の態度に、彼も今回ばかりはもうあきらめたのかもしれない。正式に別れることになった。

恋愛ではなく執着だったこと。
恋愛は幸せになるためにするものだということ。
自分を傷つける人からは、離れるべきだということ。
気づくのに時間はかかってしまったけれど、私は私の道を歩き出そう。