「あの、今どこにいますか…?」。
「外の、ポストの近くにいます、交番の横の」。
「私、白いバッグ持っています」。
妙に緊張感のあるLINEのやり取りを終えたあと、ふと私が顔を上げると、目の前に1人の男性が立っていた。マスク越しで表情はいまいち読めないが、恐らく緊張しているのであろう。少し硬い表情の目元が印象的だった。
コロナ禍で人とのつながりを遮断され、「マッチングアプリ」を始めた
「はじめまして、〇〇です」。
「こちらこそ、はじめまして、早速ですがお店向かいましょうか」。ぎこちない挨拶を経て私たちは歩きだす。マスクの下の「顔」はまだわからない。
始まりは約1ヶ月前、恋愛マッチングアプリでの出会いだった。この頃、コロナ感染者数が初めて100人にのぼった昨年春、ニュースを観ながらまるで映画を観ているような非現実的なふわふわとした、しかし強烈な恐怖を感じたことを鮮明に覚えている。
ああ、これから一体どうなるのだろう。インフルエンザみたいなものなの? 実際感染してしまったら? 漠然とした不安があると、またつながりが遮断されると、無性に人とのつながりが恋しくなるものだ。少なくとも私はそうだった。
そこで私は、突発的に恋愛マッチングアプリをダウンロードしてみることにした。そして、その男性とアプリ上でマッチングし、何度かメッセージを重ねて実際に会おうということになった。
ここで冒頭の妙に緊張感のある待ち合わせへと場面は移る。隣を歩いている男性の表情は、あいかわらずわからない。「仕事帰りですか……?」そんな他愛もない会話をしながら店へと向かう。
コロナ禍ならではの「マスク」を外す前後の印象、外す瞬間の緊張感
店に着きお互いに飲み物を注文し、ふーっとひと息つく。ついにマスクを外す時が来たのだ。この瞬間、なぜか1番緊張が高まった。
マスクが当たり前になってから、外にいる時に人前でマスクを外すことは何かとても、服を一枚脱ぐような恥ずかしく、罪のあることに思えてしまうようになっていたからだ。無言のままお互いにマスクを外す。
マスクをとった男性の一番初めの印象は、しっかりとした骨格で非常に男らしいと感じた。目元の緊張しながらも優しそうな目元とは対照的で、魅力的だった。不器用ながらも一生懸命に笑顔を作っているのが微笑ましく感じた。
マスクを外す前の印象、外してからの印象、外す瞬間の緊張感はコロナ禍ならではなのではと感じる。マスクが当たり前の世の中へと変貌した中で、人との出会いにおいて「顔」や「表情」がどれほどの重要な役割を果たしていたか気付かされる場面の多さに驚く日々だ。
マスクを取った「顔や表情」には、私にしか見えない部分もあるのかも
それから、何度かのデートを重ねその男性は私の恋人になった。そして今、私たちは同棲に向けて家を探している。
マスクをつけることを求められる世の中は少し心苦しいが、マスクを取った「顔」や「表情」には私にしか見えない部分もあるのではと感じてから、何か特別感のようなものも感じるようになった。
家を探すために訪れた不動産屋で、マスクをつけた彼の横顔を見てふと想う。少しでも早く、コロナ禍が落ち着き、マスクが必要でなくなるような世の中に戻れるよう願うと同時に、今この横顔も特別なひとつの思い出であると。
いつか、「マスクが当たり前な時代があったね」と話せるような、そんな未来が来ることを信じながら、私は今日もマスクをして玄関のドアを開け、彼との待ち合わせに向かう。