私は台湾人で、20歳から渡英、そこで今の夫と出会い、4年前から夫の祖国である日本に住み始めた。

私たちは、旅が大好きだ。私たちにとって最高のデートは最高な旅だ。学生時代、ヨーロッパの国々に訪れる機会がよくあったが、唯一やり残したのはスペインの巡礼だ。

仕事をやめ「就労ビザ」がなくなることは、彼と一緒にいられなくなる

この巡礼は1000年以上の歴史もあり、多くの旅人を試し、魅了してきた。巡礼道は、フランスやポルトガルから、スペインにあるカミーノ・デ・サンティアゴというキリスト教の聖地の終着点まで続く。 巡礼経験者はそろって、世界観や人生が一新するほどの体験だったという。

なので、30歳になるまでに必ずに一度、夫と二人でこの壮大な旅に出ようと約束した。私たちが計画した旅は、南仏から国境を越え、スペインの北西部の聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラまでに行き、そこからスペイン南部のタリファといモロッコ への船が出る港町まで、合計2500キロ、5ヶ月間の巡礼の旅だ。

そして、巡礼の後は船に乗りモロッコのタンジェまでに行き、モロッコのサハラ砂漠の真ん中で、小さいな結婚式でもあげられたらなと思っていた。

そんな時、コロナが流行った。今年は2021年、20代の最後の年、これを逃すとワーホリビザが取れなく、仕事以外の長期滞在が難しくなるので、どうしても行く必要があった。

そのために、会社をやめる必要もあった。外国人の私には、会社をやめるというのは、日本で重ねたキャリアと収入がなくなるのみならず、日本にいる資格の就労ビザもなくなり、当時まだ彼氏彼女の関係だった今の夫(以降彼氏と呼ぶ)と一緒に生活できなくなることを意味した。

それほどの覚悟があった旅だった。なのに、コロナが収まらなかった。

新たな生活を始めて、私の人生は月ごとに「景色」が変わっていった

3月の緊急事態宣言とともに、外出できなかったので、引きこもる日々が続くようになった。寂しがり屋な私には、彼氏と会えない日々は辛く、段々と限界が迫ってきた。

地獄だったこの状況を解放したのは、7月に来た賃貸の契約終了の知らせだった。春の出国までの短い間を過ごす宿を探す必要になったので、長期契約に束縛される賃貸は選択肢になかった。

その代わりに、Airbnbで宿を探す事にした。家賃や間取りももちろん、彼氏と会いやすくするために、3つの条件で物件を探した。
1.彼氏の家まで電車で30分で着く場所。
2.近くで一緒に仕事ができそうなカフェがある。
3.歩ける距離で周辺に面白い場所がある地域。

そして、Airbnbは見学ができないので、物件の状況がわかりずらく、直感で決めた物件を1カ月間だけレンタルし、もし良ければ、また延長しようと思った。

Airbnbの生活が始めてから、私の人生は月めくりカレンダーに描かれる絵のように毎月の景色が変わっていった。彼氏も私の生活拠点に合わせて、デートの場所が変わった。

8月、横浜に引越した。仕事の隙間に、一緒に中華料理の聖地である中華街でたくさんの店を見てまわった。

9月、コロナは一旦落ち着きそうになった。計画通りに春に旅を立つ希望の光が見えたので、当時勤めていた会社へ退職届を提出した。巡礼で使う装備の試しと体力トレーニングを兼ねて、屋久島へ修行デートしに行った。

10月、幸いなことに、彼氏の家に近い物件へ引っ越すことができた。緊急事態宣言中でも彼氏と毎日会えるようになり、今回はあまり落ち込むことがなかった。

ただ、また海外の国境閉鎖も強化され始め、9月に見た光は消え失せたので春にスペインへ旅立つことを改め、日本を拠点にし、ここでも楽める生活を築くことにした。

そして、日本で生きていくことを決めた私たちは、会社を設立することにした。その日からのデートは、創業のことについて深夜まで語り合う、とても建設的なデートに変貌した。

就労ビザを失い、彼と一緒にいるために解決しないといけない問題がある

12月、ついに退職した。設立した会社のお陰で、生きていける収入はあった。だが、ビザの問題を解決しないと日本にはいれられない。この問題の解決策が出たのは、年末の京都で神社巡りデートへ行った時のことだった。金閣寺の見学のために並んでいた時、ビザの心配について話し合った。

「もし巡礼が行けなかったら、先に結婚しようか!」。最後に、彼氏が決断した。私が「でも、ビザのために結婚するのは嫌じゃないの」と聞くと、「それはそうだが、この先もずっと一緒にいたい。今結婚するか、巡礼の後に結婚するか、結果は一緒じゃない?」と彼は言った。

そして、私は「うん、結婚しよう」と言った。とても現実的な理由で、映画にあるようなロマンチックなプロポーズではないのに、なぜか涙が止まらなかった。

金閣寺に入った時、珍しく雪が降っていた、真っ白になった庭の中で、雪化粧をした舍利殿と、金色の壁が雲の間から漏れる日の光を反射し、白く美しい花嫁の姿のように見えた。

その後、またいくつか場所に転々としたが、今年の5月から夫と京都に住み始めて2ヶ月経ち、今は7月も中旬に来ている。7月7日は付き合った記念日で、今年は特に付き合って7年目の記念日だ。月日と年数で7が3つも揃う7の記念日、憧れていた熊野古道の巡礼デートにも行ってきた。

こうして、1年間コロナで振り回され、スペインのカミノ・デ・コンポステーラに行けないが、気づけば、日本中を引越しながら、悩ましいこと、楽しいことを重なり、自分と夫とも1年前に想像したことない面白い生活を送るようになった。なんと巡礼で得るはずだった体験を日本にいながら経験できたのだった。

私たちの旅はこれからも続く。さて、次は一緒にどこへデートしに行こうかしら。