昨年11月、人生初の外科手術を全額自己負担で受けた。ずっと足枷になっていた腋のにおいと決別するために、原因になる汗腺を摘出する手術だった。
処置室に案内され、台の上で仰向けになる。
手術を受けることへの緊張と、人生で一番大きなお金が動くことに対する不安、そして、喉から手が出るほど欲しかった「普通になること」への期待が胸を満たしていた。

自分の身体ににおいの悩みを抱える人にもそうでない人にも、何かを残せることを願ってこのエッセイを書く。

信頼していた母に車の中で「臭い」と笑われた時を鮮明に覚えている

私の身体のにおいが独特であることに気が付いたのは、10歳頃だったと思う。
この頃になると、多くの同級生たちが香り付きの制汗剤を使い始めたが、私のにおいには焼け石に水どころか、香料と混ざってかえって不快なにおいになった。
しかも強い制汗剤を使えば使うほど肌は荒れ、高校生になるころには皮膚がボロボロになっていた。

脱毛したいと思ったが、「ここまで荒れているようでは脱毛の処置ができない」と説明され、かといって制汗剤の使用をやめて生活することなどもってのほかだと思い、結局諦めざるを得なかった。

それでも私は10年余りの間、この悩みを誰にも打ち明けられずにいた。というのも、ネットや本で情報を集めようとすると「『わきがかも?』と心配する人は多いが、実際はそうでないことが多い」などと書いた記事に何度も行きついては、まるでそうだったら終わりであるかのように感じていたからだ。

特有のにおいの原因になるアポクリン汗腺が先天的に多い、いわゆるわきが体質の人は日本人の約10人に1人と言われており、割合としては決してまれなものではない。
それなのに、無臭であることをマナーとする社会の中で、当事者たちはひどく孤立させられている。いちばん信頼していた母に車の中で「臭い」と笑われた時のことは、未だに鮮明に思い出してしまう。

保留で病院を後に。同じ悩みの人を探すためSNSで情報収集すると…

20歳の誕生日が過ぎたある日、手術の同意書に保護者の承諾が要らなくなったことに気が付いた。
それならばとすぐに行動できたわけではない。何日も渋ってやっとのことで形成外科に予約を入れた時は、自分で自分を抱きしめてあげたかった。

絶対無理だと思っていた診察は、いざ行ってみると存外あっさりと終わった。
「そこまで重度ではないみたいだけど、手術したいなら」と、保険適用手術についての説明を聞いた。想像していた以上にダウンタイムは長く、合併症のリスクもある。目立つ痕も残る。なんといっても期待していたほどの効果が見られない場合があると聞き、とりあえず保留ということで病院を後にした。

ふと、私と同じような人っているのかなと思い、帰りの電車で情報収集のためにSNSのアカウントを作成した。
キーワードで検索をかけると、体質的な身体のにおいで悩む人々の投稿がたくさん表示された。プロフィールを見ると、私と同年代の女性も多かった。

その誰もが他人の想像する何百倍も気を使っているにもかかわらず、周囲の人の反応や不用意な言葉に心を抉られていたり、自分に自信を失っていたりと、生々しく悲痛な叫びで溢れかえっていた。

においのことが不安で恋愛で二の足を踏むこともしょっちゅうだ

体質による独特のにおいをもつ人を面白おかしく揶揄したり、また凶悪な加害者のように罵ったりする人に、もしくはそのように書いた投稿に幾度となく出会った。
生まれ持った性質をとやかく言うことが言語道断であるのは言うまでもない。

ただ、容姿など、言ってみれば他人に迷惑がかからないものと違うのは、ヒトには誰しも命を守るために嗅ぎ馴れないにおいを不快と感じる本能があり、「迷惑だ」という人々の気持ちが私にも、おそらく多くの当事者にも痛いほどわかるという点だ。

恋愛ドラマや恋愛小説を観たり読んだりしていても、「こんなに腋が顔に近くなる抱き着き方、私には絶対出来ない」「いい雰囲気になってお風呂にも入らないでそのままエッチするなんて、私には一生無理」……そんなことが頭を過ぎってばかりだった。

実際、においのことが不安で、恋愛で二の足を踏むことはしょっちゅうだった。
友達の恋愛の悩みも、私はそのスタートラインにすら立てないことが悲しくて、うなずきながらも「贅沢な悩みだなあ」と思って聞いていたことが多々ある。
恋愛に限らず、他人のどんな悩みやコンプレックスに対しても「極論、他人に迷惑かけるものじゃないだけ幸せじゃないか」――そんな風に思うほど、私の心は歪んでしまっていた。

手術の経過を載せる人の中には、「やってよかった」という人もたくさんいたが、再発に苦しむ人も少なくなかった。
それでも、たとえわずかであっても光の差す方へと手を伸ばしたかった。
10歳から泣き続けた過去の私と、これからも悩み続けるかもしれない未来の私を救えるのは、現在の私しかいないと思った。

手術を終えて初めての夏。ノースリーブが着られる嬉しさと感じる絶望

手術を終えて、初めての夏を迎えた。
最終的に美容外科で手術を受けたため、傷痕もほとんどわからなくなった。ボロボロだった皮膚も回復し、ノースリーブを着られるのがうれしくてたまらない。
それと同時に、「普通」の体質であることがこんなにも幸せだと知って、どうしようもない絶望を抱いている。
ローンの支払いは正直きつい。においが気になるのは腋だけではないし、遺伝の問題だってある。再発のリスクもいつも頭の片隅から離れない。なんでこんな身体に生まれてしまったのだろうと、術前以上に感じることになった。
ただ、既に削除したあのSNSのアカウントで受け取った、同じ悩みを持って生きる人々が向けてくれた温かさは永遠に忘れない。

最後に、においの悩みを抱える人の、周囲の人へ。
においを「不快」「無理」と感じることは否定しない。ただ、当事者たちの気持ちをどうか一度だけでも想像してみてほしい。その上で不用意な言動を思い直す一瞬を持ってもらえたら、やがて悩みを孤立させないことに繋がっていくと信じている。

そして、においの悩みを抱える人へ。
私たちは1人じゃないし、私は私を「かわいそうな人」になんか絶対させてやらない。だからどうか、一緒に前を向いて生きていこう。