確かにあの日、恋が始まる予感がした。
恋が始まる音はビー玉を床にこぼしたような、あの耳障りな音に似ていた。太陽に当たったビー玉は光が反射してキラキラ輝いて見えた。慌てて私はそのビー玉を拾い上げた。誰にも気づかれないように。
同じサークルの彼と私は、いつもたわいもない話をしていた
それは大学生のころ、もう10年近く前のことになる。その日、予定があった私は慌てて電車に飛び乗った。田舎に住んでいた私は、その電車を逃すと30分以上待たなければいけなかった。だから本当に慌てていたんだ。
そして、私の隣には同じように電車に滑り込んだ人がひとり。最近グループワークでよく一緒になる彼だ。
実は同じサークルで、社会人経験があって、私よりずっと大人だった。別にイケメンでもないし、背が高いわけでも、頭がいいわけでもなかった。
ただ、いつも通りたわいもない話をした。授業が眠かったこと、都会の友達が初めて野焼きを見て驚いたこと、明日の天気が雨予報で家を出たくないと思ったこと、ほんと何気ない話だった。何気ない話を彼は「馬鹿だなあ」って笑って聞いてくれた。終点まで30分。いつも時間はあっという間に過ぎてしまった。
彼の前では飾らない自分でいたいと思った。失敗したことも、悲しかったことも、悔しかったことも全て知ってほしいと思った。飾らない自分でいられたのだ。
あ~、私この人とずっと一緒にいたい。そう思った。それは、どんな形でもいい。ただ一緒に、同じ時間を共有したかった。
それは好きという感情ではない。ずっと友達でいたい。恋人になりたい。こんな単純な言葉で表現するのは、悔しいと思った。
私があなたにとって1番の味方でいる自信はあるのに、届かないこの想い
今でも私は願ってる、あなたがピンチの時、1番最初に頭に浮かぶのが私であってほしいと。私は、あなたのためならどんな困難も乗り越えられるような気がするよ。
明日世界が終わるなら、私はあなたと同じ時間を過ごしたい。でも、それは私の一方通行。
私が聞いてほしい話があるというと、「仕方ないな」と言って時間を作ってくれる。もう10年も一緒にいたらわかってるよ。あなたが好きなのは見た目がかわいい女性でしょ? デートの時は必ずスカートをはいて、チークにピンクを使うような女性らしい女性でしょ? 朝早くてもきちんとメイクして、仕事で疲れたなんて弱音を吐かない、強い女性なんでしょ?
私には何1つあてはまらないから。あなたの瞳に私が映らないのは当たり前だね。だからって私がスカートをはいたら、「らしくないね」って笑うんでしょ?
私があなたにとって、1番の味方でいる自信はあるよ。でも、あなたが求めている人は私じゃないんだね。ほら、一方通行。
あなたが私を好きになることは、この先ずっとないってわかっている
あなたが傷ついたとき、私に連絡してきてよ。少しなら慰めてあげるから。「馬鹿だね」って一緒に笑い飛ばしてあげるから。1番に連絡してきてほしいって本当は言いたいけど、そこまでは望まないから。
でも本当に必要なら、私が抱きしめてあげるよ。弱い者同士、一緒にいたらいいと思うんだけど。今だけでいいから、一緒にいてみないかな。
この恋は始まらない。あなたが私を好きになることは、この先ずっとないんだね。本当はわかってるよ。外見から始まる恋をあなたは望むでしょ。恋の駆け引きなんかされたときには、簡単に落ちてしまうんでしょ。そんな刺激をあなたは求め続けてるんでしょ。
あなたはクズで最低で、大嫌いで大好きな人。あなた以上に恋に落ちることはこの先ないという確信だけがここにはあるの。
都合のいい友達という言葉で私たちの関係を表現しようか。本当の気持ちなんて誰も知らなくていい。それでいいって、私、納得したつもりだから。手のひらから1つ、ビー玉がこぼれ落ちた。