やけに広大な土地にそびえ立つ、ベージュ色の巨大ですすけた建物。
賑々しい空気を撒き散らし、たくさんのご家族連れや、チープな装いのカップルを吸い込んでいく。
オープンしてから、わたしたちの生活はイオンモールにひれ伏すことに
我が地元を支配する王、イオンモールができたのは、わたしが中学生の時だった。
つまらない田舎町にある全ての車が、迷い込んだら二度と出られなさそうな立体駐車場に吸い込まれているんじゃなかろうか。
そう思われるくらいの人々が、大挙してイオンモールに押し寄せた。オープン当初、街はにわかに活気づいた。昔ながらの小さなスーパーマーケットがどんどん閉店していくのを横目にして。
それ以来、わたしたちの生活は、イオンモールの前にひれ伏すことになった。
食材を買うのはイオン。服も参考書もイオン。友達と遊ぶのはイオンのゲームセンター。初めてのデートはイオンシネマで、初めてのキスはイオンの誰も通らない非常階段。
イオンに行けばなんでもそろう。新鮮な野菜に流行りのCD、あの子と撮ったプリクラに、終わってしまった彼との思い出の、天然石のブレスレット屋さん。ああ、なんて美しく、ダサい思い出。
わたしは地元が大嫌いだった。
地元に根付くヤンキー一家が闊歩する道に、少しの過ちがすぐ噂で回る閉塞的な新興住宅街。貧富の差が激しくて、お下がりのユニクロを身につけるわたしの隣には、新品のサーフブランドを着た女の子。あとはそう、毎日泣き叫んでいる母親がいた。
イオンに支配された地元が大嫌い。ある時、恋人に誘われたデートで…
地元が大嫌いだった。
早くこんなところ出てしまおう。こんな、イオンモールが支配する街なんて、早く捨ててしまおう。
道を闊歩するヤンキーたちだってイオンのゲームセンターに遊びに行った。隣の家の口の軽いおばさんも、イオンのスーパーに行った。友達のお母さんはフードコートの店員さんだったし、毎日泣き叫んでいる母は、たまにわたしをイオンシネマに連れて行ってくれた。
大嫌い。大嫌い。みんな大嫌い。そんな街を構成するわたしも、イオンの中に埋もれてる。
恐ろしいことに、イオンモールは日本中に溢れている。
頑張って勉強して、頑張ってお金を貯めて、ようやく地元を抜け出したのに、ベージュのくすんだ建物は、王冠を被って不意にどこかの街に現れる。
大人になって、大好きだった恋人に、デートに誘われた。
「イオンに行ってみたい。地元になかったから、行ったことがない」
イオンがない土地で育った人。つまり都会で育った人。クレバーな人で、どうしようもなく惹かれてしまったのだけれど、それは彼がイオンを知らずに育ったからかもしれない。
小一時間ドライブをして、わたしたちが今暮らす少し都会な街から、田舎にそびえ立つイオンモールへ。ここはわたしの地元ではない。全然違う場所なのに、恐ろしいくらい似ていた。
わたしはここを知っている。あまりにも地元通りだったイオンモール
やけに広大な土地にそびえ立つ、ベージュ色の巨大ですすけた建物。屹立する立体駐車場に吸い込まれていく、わたしたちの車。
賑やかなご家族連れ。チープな装いのカップルたち。
ねえ、ひょっとしてわたしたちも、これ?
彼を見上げたけれど、いつも通りわたしの大好きな、ポールスミスのシャツを着ていた。
「すげー広い。面白いな」
初めてのイオンに興味津々だった彼の隣で、わたしは吐き気が止まらなかった。
来たことがない地域のイオンなのに、あまりにもここは、わたしの地元通りだった。
わたしはここに来たことがある。あのゲームセンターであの子とプリクラを撮ったし、あの天然石屋さんで、18歳の恋人とお揃いのブレスレットを買った。あの非常階段で、人目を忍んでキスをした。
わたしはここを知っている。わたしの大嫌いな、貧富の差がぷんぷんと匂い立つあの地元、イオンモールに支配された街。ヤンキーが闊歩し、噂を回すおばさんがレジをする街。
ほら、あの金髪で黒いパーカーを着たヤンキー、あの人はきっとわたしの地元の人だ!
恋人は、初めてのショッピングセンターに笑っていた。
「こんな建物がある街、子供は退屈しないだろうな」
ええ、退屈したことはなかった。そう頷きながら、わたしはここから逃げ出す算段を立てている。
早く逃げないと、こんなところから。イオンモールに精神世界を支配される前に。子供の頃の吐き気を思い出さないために、今のわたしが愛する都会に戻らないと。
「ねえ、やっぱり大丸に行かない?」
いいよ、と優しい恋人は微笑んでくれた。