2021年8月6日、私あゆみは歩みを止めた。
高校生の頃冬眠のように心身が停止した私は、「あゆ眠」と呼ばれた
あれは約5年前、高校2年生の梅雨だった。特進コースに在籍し、受験勉強に追い詰められうつ病になった私は、「うつになった経験があるからこそ、悩んでいる人を救えるかもしれない」と、精神保健福祉士を目指し始めた。
身体も心も追いつかず出席日数もギリギリ、冬眠のように心身が停止した私は、いつしか「あゆ眠」と呼ばれるようになった。
それでも、高校の先生達は私の夢を応援してくれた。「大学に出す内申書、欠席回数を書く欄はあるけど遅刻の回数は書かない。だから、最後の1時間だけでも授業を受けに来て」なんて、裏ワザみたいなアドバイスもくれた。
高校は問題だらけの私を大学に推薦してくれて、なんとか精神保健福祉士の資格を取ることのできる地元の大学に合格することができた。
大学に入学してからまっすぐ歩いていたのに、突然そのレールが途切れた
大学に入学してから、不思議なことにうつが治った。「あゆ眠」はもういない。成績評価制度のGPAは3.0以上を維持しながら軽音サークルの代表もこなし、バンドもバイトも掛け持ちした。
そこにいたのは、間違いなく「まっすぐな人生のレールをまっすぐに歩いているあゆみ」だった。「美しい人生を歩めますように」と両親が名付けてくれた「歩美」という名前にふさわしい生活を送っていた。
それなのに、突然そのレールが途切れる時が来た。歩けど歩けど先にあるのは沼だ。
2021年6月、双極性障害の診断がついてしまったのである。奨学金で30万円のギターを買おうとしたし、妙におしゃべりな私は明らかに異常だったと思う。
精神保健福祉士になるための実習が始まった夏からは、食事と睡眠も上手くとれなくなった。かろうじて口にできるのはゼリータイプの経口補水液、睡眠薬を飲んでも2時間おきに目が覚める。
そして2021年8月6日、指導教員に「今のあなたは実習に送り出せない。『ヒト』としての機能を維持することを目標に過ごしてください」と言われてしまった。実習の中断を宣言されたのだ。
あゆみの歩みが止まったあの日を、私は一生忘れられないだろう。夏真っ盛りなのに、ここにいるのは再び冬眠モードの「あゆ眠」だ。今年の夏は実習で予定が詰まっていたはずなのに、スケジュール帳も心も空白である。
頑張れなくても歩けなくなっても、私に手を伸ばしてくれる人がいる
でも、私は人に恵まれている。誰かの優しさに常に満たされている、と思う。指導教員からの言葉を受けてすぐ、実習が中断になったことを高校からの親友(と私は思っている)に報告した。
彼女は「次の日、私のアルバイトが終わった後会おう」と返信をくれた。アルバイトでくたくたになっているはずなのに、それをいとわず私に会おうとしてくれる彼女の優しさに思わず涙が出た。
夕方にカフェで落ち合い、食事と睡眠がとれず実習が中断になった話を散々聞いてくれた後、最後には「できたこととか、食べられたものとか、嬉しかったこととか、なんでも連絡してね」と言ってくれた。
頑張ることができなくなっても、歩くレールがなくなっても、常に誰かが私に手を伸ばしてくれる。私はひとりじゃない。
綺麗なレールを歩けなくてもいい。今いる場所は底なし沼かもしれないし、綱渡りの綱の上かもしれない。それでも、沈まないように落ちないように誰かが手を握っていてくれているのだから、それだけで私はきっと生きていけると思う。