私が歩みを止めたとき。人目もはばからず涙が溢れていたとき。

社会人2年目の春、通勤途中のバスの中で涙が止まらなくなった。本当は通勤時間に大好きな雑誌の電子版を読もうと思っていたのに、それすらもできなかった。

バス停に着いて何とか歩き始めようとしたが、足が一歩も動かない。仕方なく近くにあった薄汚いベンチに座って落ち着くことに。若干潔癖症の私なら普段は絶対に座らないのに……。

小さい頃から、失敗や挫折に恐怖を抱いていて、私は「完璧」を求めた

震える手で会社にメールを送り、しばらくぼーっと空を眺めた。雲が1つもない空があまりに青すぎて、少し怖かった。

きっと明日も行けないだろう、その次の日は休日だけど、休み明けも無理な気がする。これからどうしよう?

会社は辞めて、最低限の生活ができるくらいの仕事を見つけて……。それもいいかもしれない? ……いや、だけど……。
思えば小さい頃から、失敗や挫折というものに人一倍恐怖を抱いていた。授業中指名されて答えられなかったらどうしよう? じゃあ予習しよう、完璧にしてやる。

そうやって積み重なった年月はプレッシャーになっていき、さらに自分の首を絞めた。壁にぶち当たることから逃げていた。

そんな私が会社に入り、1年目。やったことのない接客業。見知らぬ土地ではじめての1人暮らし。知らない仕事に知らない地域。それなりに大変な環境だったが先輩にたくさんお世話になり、なんとか乗り越えることができた。

社会人2年目になり、休日も「気持ちが落ち着かない」日々が続いた

いつか必ずお世話になった人たちに恩返しをしよう、そう思いながら異動を経て2年目を迎えた。1回越えられたんだから、何があっても大丈夫だろう!

ところが、そんなことはなかった。「恩返しするまで辞めない」。その気持ちが今度はプレッシャーになっていった。

なんだか職場の雰囲気が苦手だ……でも、仕事の内容が嫌いなわけではないし……。ぼんやりとした悩みは、気づかないうちに大きくなっていたらしい。

息が苦しい、朝早くに目が覚めてしまう、休日も気持ちが落ち着かない。今思えばそんな状況がしばらく続き、ついに「あの日」が来てしまったのだった。

幸いにも、会社にはカウンセリングの制度があり、それを利用することができた。カウンセラーとの話の中で、私は素直にこれまでの経験と感じたことを伝えた。

するとこんな答えが返ってきた。「今、会社を辞めることもできます。でも、辞めないために休むことを考えてみたらどうですか?」。

目から鱗。と同時に、急に心が軽くなるのを感じた。そうして私は、数ヶ月間の休みを取ることにした。

会社を辞めるのではなく、休むことにした。私はぼーっと深く呼吸した

散歩をしたり美味しいものを食べたり友達に会ったり。いつか来る復帰の日は怖い。けど、今は何も考えずにいよう。

誰かが仕事をしている中で、何もせず過ごすことの罪悪感は最後まで消えなかった。けれども消す必要はないと思った。「ちょっと、ごめんなさいね」くらいの気持ちになりながら、ぼーっと呼吸するだけの時間が実は大切かもしれない。

そんな経験を得たからこそ、辛いことがあっても「あのときよりは、ましかもね」とも思える。似た状況に戸惑っている誰かにも「こんなことあったけど、良かったら参考にして」とも言える。

あれから数年経って、今は会社のムードメーカー。「だけど実は休んでたことがあるんですよ!」は、鉄板ネタになるくらいのキャラでやらせてもらっている。

そして、「恩返し」もできた。一時はどうなることかと思ったけれども。

むしろあの日、止まってよかったし、止めてくれた人ありがとう、止まれた自分えらい! いつか、どうしようも進めなくなったときがきたら、このエッセイを少しでも思い出してもらえれば幸いです。