久々に地元に帰ったら、空が広かった。田舎というのは色々な匂いがする。まず、空気が匂いを持っている。土の匂い、草の匂い、水の匂い。風が吹いて、それらの匂いがひとつになる。

東京にいたら感じることのない、空気や土の存在を強く感じるから不思議だ。私が今、むき出しの大地の上に立っていることを痛いほどに感じる。最寄駅からの3キロの道を歩きながらそんなことを考えていた、5月の夕方はまだ少し寒かった。

父が癌になり、日に日に弱っていった。私は不思議な感覚に襲われた

父が癌になった。私は東京から地元に帰ってきた。

父は、日に日に弱っていった。まるで、少しずつこの世からいなくなっているような、そんな不思議な感覚だった。

いちばん初めに、父は私たちが誰なのか、わからなくなった。そして、自分がどこにいるのか、今が何時なのかもわからなくなった。なにもかも忘れてしまった。そして、意識もなくなった。

私が実家に戻って数日後、父は入院した。入院すると1日15分間、2人ずつの面会しか許されなくなった。

「また明日ね」と言って病室を去るとき、明日が来る可能性が限りなく低いことを心の冷めた部分ではっきりと認識していた。そんな日が1週間ほど続いた。

嘘のように父は逝ってしまった。私はまるで魂が抜けたようだった

最期の日は雨が降っていた。憂鬱な電話のベルがなった、病院からだった。

父の血圧が下がっているから今日が最後かも知れないと、無機質な声で医者が言っていた。この日が来ることはわかっていた。私たちはけっこう冷静に身支度をして、車で病院に向かった。

嘘のように父は逝ってしまった。父と病院を出たのは深夜だった、雨はもう止んでいてひんやりとした空気が肌に心地よかった。

その夜から忙しない日々が続いて、いつしか6月になっていた。お通夜やお葬式が終わると、まるで魂が抜けたようにずっと実家の縁側でごろごろしていた。

思えば何もせずに、ただ時間が過ぎているのを眺めているのは久しぶりのことだった。父が亡くなる3ヶ月ほど前、父が友人に「都会に出て行った子供たちが全然帰ってこないからつまらない」とこぼしていたというのを又聞きの又聞きで聞いた。

私は地元にいたら何も得られないと思っていた。将来のために東京に出た。でも、東京で得たかったものって何なんだろう。望んだ将来ってこれなんだろうか?

私は「今ある幸せ」を受け取らずに、新しい場所を探そうとしてしまう

気づけば、今いる場所から、いつも「ここじゃない」と思って逃げ出そうとしていた。地元にいる時も思っていたし、上京して一社目の会社に入った時もそう思った。

闘病中、父がまだ家にいる時に家族でご飯を食べた。あとから思うとあれが最後だった。父が食べたいと言った親子丼を作って食べた。

父は家族全員でいる時、ほとんど話さない。ひとりだけ早く食べ終わって、私たちのたわいない話をいつも静かに聞いている。物心ついた時からそうだった。最後のご飯の時、筋力が衰えた父は手をうまく動かすことができなくて、こぼしながらゆっくりと食べていた。私たちもゆっくりと食べた。

今考えたら、なんて貴重な時間だったんだろうと思う。私は今ここにある幸せを受け取れきれていないのだ。今ここにいる自分は不幸だ、この場所には何もないと決めつけて新しい場所を探そうとしてしまう。

今になって、父がいた日々を思い出している。大学生の時地元に帰省すると、いつも父が空港まで車で迎えに来てくれた。「帰ってきたか」とだけ言って、私のキャリーケースや荷物を全部持ってそそくさと歩いて行く背中を追った。

高校生の時、自転車で5キロの道を通学するのが面倒くさくて、寝ている父を起こして車で送ってもらう日があった。車の中では何も話さない。降りる時に「ありがとう」とだけ言って、父はそれに「おお」と答えるだけだった。

幸せというのは、今ここにあるものだ。今日はもう、二度とこない。二度とこないと思って今日を、今をみつめたい。