仕事へ向かう道を歩く。
暑い、暑すぎる。
家を出る前に急いで塗ったファンデーションや日焼け止めは、もうとっくに落ちているんだろう。ふと携帯で日付を確認すると「8月3日」、もう8月か。
汗をかかないようにのろのろと歩いていると、2つの影が私を追い抜いた。
中学生だろうか、男女2人が近くも遠くもないなんともいえない絶妙な距離を保って照れ臭そうに歩いている。
2人の肌はこんがりと焼けており、1つに束ねている女の子の何にも染まっていない綺麗な黒い髪の毛は、太陽に照らされてさらに艶やかに見える。
そんな2人を見て、「汗まみれだけどいい匂い」みたいな当時の綺麗な思い出を思い出さずにはいられなかった。

やる気のない雰囲気だった陸上部の私たちに届いた、恐ろしい噂

夏の日中に外へ出てジリジリとした日差しを浴びるたび、思い出すのは中学時代の部活動である。私は中学校3年間陸上部に所属していた。
自己紹介で「中高6年間、陸上部でした」と言うと、「ドMなの!?」とか「走るだけってキツくない?」と散々言われる。私も本当にそう思う。
陸上部に入ると決めた動機は、小学校6年生最後の運動会の徒競走で4位だったこと。運動神経には自信があった私だが、この最後の運動会の思い出が相当悔しかった。
「中学に入学したら、陸上部に入って私を抜かした人たちより速くなって、全員抜かしてやる!」
そう思った。

私の学年は珍しく女子の入部人数が多く、20人弱いた。年頃の女子が20人も集まれば、初めから全員仲良し!という訳にはいかない。しかも個人競技で、タイムが個人の実力として数字で現れるので、かなりシビアなスポーツだ。
みんなの溝を深めるには十分な要素である。
最初の1年はやる気のない雰囲気で気づいたら終わっていた。
中学2年生の春。
「とんでもなく厳しくてすごい記録をもった顧問の先生が来るらしいよ」
春の訪れとともに恐ろしい噂が私たちの耳に届いた。嘘だと思った、いや、思いたかったのかもしれない。
しかし4月、その「噂の先生」はやってきたのである。

「噂の先生」のきつい練習は私たちの仲を深め、実力は驚くほど向上

筋肉でパンパンのふくらはぎを見た瞬間、「すごい記録を持った先生」という噂が現実に変わった。そしてこれからのキツい練習が容易に想像できたのである。
不思議なことに最初は小声で文句ばかり言っていた私たちだが、「噂の先生」がきてキツい練習メニューになんとか食らいついていくうちに、バラバラだった私たち女子の仲は深まっていき、切磋琢磨し、私たちは最後の大会で市の中で「総合2位」という1年生の頃には想像もできない結果を残した。
自分個人でいうと、記録は下から数えた方が早かった私が、個人種目100mと種目としては花形の4×100mリレーに選抜されるほどになっていた。
しかしここで、先程の「陸上は個人競技」という言葉を撤回したい。「噂の先生」のおかげでみんなの実力は驚くほど上がり、誰がリレーに選ばれてもおかしくないほどになっていた。
私がリレーのメンバーに選ばれた時、正直怖かった。せっかく仲が深まったみんなと、またピリピリした雰囲気になるのが怖かったからだ。
しかし、最後の大会のリレーメンバー発表の後にみんながくれた言葉は、「あなたが選ばれて嬉しい、努力していたところを見ていたから」だった。
私が逆の立場だったら、そう言えただろうか。悔しくてそれどころではなかったのではないか、自信がない。

リレーのバトンは心なしか重く、一人で走っている気持ちがしなかった

最後の夏の大会。リレーは暑さのピークを越えた夕方に最終種目として行われた。少し涼しくなった風を感じて、みんなとの練習の日々が走馬灯のように甦った。

私は第1走者。悔しい思いを押し殺して背中を押してくれたみんなのために、得意のスタートダッシュを絶対に成功させたい。いよいよスタートだ。
「第3レーン、◯◯中学校」とアナウンスされた。バトンを高く上げてお辞儀をした。
その時のバトンは心なしか重く、みんながスタンドから送ってくれるパワーを帯びているように感じた。
ピストルの音とともに私の夏の終わりがスタートした。無事にバトンはアンカーまで渡った。しかし、県大会圏内だった私たちの結果は3位。県大会にいけるのは2位までだった。
そこで私たちの夏は終わった。だが不思議と、1人で走っている気持ちがしなかったことを今でも覚えている。
私たちは子供のようにわんわん声をあげて泣き、最後のミーティングに出られないほどだった。それだけ本気だったし、出られなかったみんなにも申し訳なかった。みんなの元に戻って、顔を見たらまた泣いた。そのときの私たちはきっと、「汗まみれだけど、青春のいい匂い」がしたはずだ。

過ごした日々の全てが愛おしいあの時代は、なぜ尊いのか考えた

それからというもの、みんなとはどこに集まっても部活動の話になる。
ファミレスのドリンクバーを永遠におかわりしても、お酒が飲めるようになって居酒屋で集まっても、カフェでおしゃれなパフェをつついていても変わらず、だ。
エナメルバッグの持ち手を頭にかけて帰った帰り道、好きな人や彼氏がグラウンドにいると全然練習に集中できなかったり、前髪を気にしてみたり、朝練の後シーブリーズを忘れるとこの世の終わりだと思ったこと、全てが愛おしい。

最近、なぜあの時代が尊いのか考えた。
きっと彼ら彼女らは「今が尊い」ことに気づいていないから尊いのだ。
「明日音楽の歌のテストやだな」
「グループ発表ほんとだるい」
その時にとっては一大事件。
本気で思い悩んでいても、大人からは「若いっていいね~」「楽しそうでいいね~」と言われる。それを聞いては「こっちは本気なんだけど?」とブチギレていた。
それがどうだろう、今では目の前にいる学生の男女2人を見て「若いっていいよなあ~」とか思っている。
私も大人になってしまったのだろうか。
前の男女2人の背中が遠くなっていく。その背中を見て、「どうか今が尊いと気づかないでくれ」、そう願った。