私はせっかちな性格だ。
駅に向かうとき、歩きながらカバンの中にある定期券を探してそのまま改札を通る。
ドラマを見るときは2倍速。そもそもストーリーの長ったらしい過程がめんどくさいから見ない。
小学校の時に流行っていた育成ゲームも、周りの友達はのんびりやっている中、私はゲーム中での睡眠を繰り返し早く進むことを重視していた。

早く大人になりたい。進みたいのに体も頭も動かず何も感じなくなった

人生においてもそうだった。早く大人になりたくて、自立したくて、資格が取れる高校を選んだ。
高校を出たら絶対に就職してやる!そう思っていたが、親の反対が強く、結局大学よりも短い短大に進んだ。短大にいる間も早く就職したくてしょうがなかった。

そんなことをしていたら自分が好きなものを模索している時間、何が好きなのかを感じ考える時間がすっぽり抜けてしまっていたようだ。

そして短大1年生の秋、私は何も感じなくなった。拒食症になったのである。自分の見た目、人からどう見られているかしか判断基準がなくなった。結果だけに固執した最悪の結果がでた。

体は動かず頭も動かず、何も感じない。進もうとすればするほどそのギャップと自分の体力と気持ちが追いつかない。止まることを知らなかった私は、それまでの方法で進み続けた。そう、歩みが止まっていることにさえ気づかなかったのだ。
いつものように歩きながら定期を探し、改札を通る。そうすると目の前で電車を逃す。もうそんな時に号泣してしまうほど限界だった。

進みたい自分と進めない自分、理想の自分と今ある自分が全然一致しなかった。早く進みたいと思って頑張ってきたのに全く報われなかった。

ゆっくりと自分の価値観を培って選んだ短大でもなかったため、もう選択肢を見つけ出すことすらできなくなっていた。それなのに周りの人の意見や学校の基準、本などの情報から必死にできることを探した。

体が辛くても学校の課題や実習を頑張ること、見るからにガリガリな体をさらに絞っていくことなど。そんなことをしているものだから周りにも気づかれず、笑顔で取り繕う毎日の中どんどん心が置き去りになっていった。

結局そこで立ち止まる事はなく、いや本当は立ち止まっていたのにそれに気づかず進み続けた。もともとそうやってせっかちだったため、何もかも中途半端にしかやっていなかったことが拒食症すら中途半端になったのかもしれない。

自分の好きがわからなかった。本当に自分が好きなものを少しずつ集めた

そして社会に出たら衝撃が待っていた。今まで痩せることと食べ物のことで頭がいっぱいだったため、それ以外の知識や楽しみを見出す手段が全くなかったのである。

職場の人の会話にはついていけず、ただただ笑って相槌を打つだけ。合わせる事は得意だったからそこも立ち止まらずなんとなく過ごせた。
しかし社会人になって素敵な人と出会ったり、趣味の集まりに参加したり、彼氏ができたり、いろいろな人と関わる機会が増えれば増えるほど、自分の空っぽさが浮き彫りになった。

特にショックだったのは、自分の好きがわからないなりに頑張って試行錯誤しながら集めたものや服などの全てを、彼氏に「一掃したい」と言われたことだった。
本当に悔しかった。それと同時に私の判断基準が全て周りに報われるためになっていることに気づいた。

もし本当に自分が好きなもので身を固めていたとしたら、誰かに何か言われたとしてもその人に対して「なんなん」って思えるんじゃないかと思った。そしてそうありたいと思い、少しずつ自分の感じること、好きなことを探して集めていた。

人生を一歩一歩あせらず。今、これまでになかった発見がたくさんある

今。なんと大爆笑なことに、あんなに嫌がっていた4年制大学に通っている。何なら休学までした。自分で自分をとても笑いつつ、今はそんな自分が大好きになった。

それは本当に今まで出会った人たちのおかげであり、自分の空っぽさを考えるきっかけになった拒食症のおかげであると感謝している。
結果にしか目がいっていなかった私が、今の大学では過程を大事にするテーマについて学んでいる。のんびりした雰囲気の中たまに遅刻したりしながら、どのぐらいであれば自分に負荷がかからないのか、何を心地いいなと感じるのか、大好きな人たちとゆっくり探っている。

最近友達と2人ですごろくをした。その友達は現役で4年制大学を卒業した、私にはもてなかった長い目で見るということができる素敵な友達である。

すごろくが始まった瞬間、私は6や5を出しまくってどんどん進んでいった。友達は1や2でゆっくり進んでいた。しかし後半私は1回休みや止まれが多くなり、結局その友達の方が先にゴールした。「なんだか人生みたいだね」と笑いあった。
そんな一見無駄とも取れる遊びでニコニコできる私や友達が今、大好きだ。立ち止まれてよかった。

今日、私は駅へ向かう途中の道、立ち止まって日傘をたたむ。
空を見上げて雲の形を楽しみ、友達にシェアする。

定期を探す時は改札の空いてるスペースに少し立ち止まって確実にとってタッチをする。
今、これまでになかった発見がたくさんある。日常も、それが積み重なった人生も一歩一歩あせらず、自分の感覚と周りの人を大事にしてゆっくりと進んでいきたい。