私が歩みを止めたとき。
何故か妙に清々しかった。

私は所謂バリキャリOLになりたかった。
パリッとしたスーツを着て数字上げて、自分のお金で欲しいものは全部手に入れる。そんな女に憧れていた。
人の夢と書いて儚いと読むと聞いたことがあるけれど、新卒の夢もまた儚く散るのである。

頑張ろうという気持ちは本物だったけど、身体が言うことを聞かない

私のいた学部の多くが就職する金融関係。
私も例に漏れずやる気満々で金融系の営業職へ就職し、慣れないながらも業務をこなす毎日が始まった。
飛ぶ怒号、足りない時間、作り笑いで攣る顔面、下げる価値がまだまだない頭を下げ続け、走り回る毎日。
厳しいのは分かっていたから驚きはしなかった。これが会社であり社会に、特に男社会で生きるということなんだと思った。女が仕事で認めてもらうには、男の何倍も努力しなければならないから。
頑張ろうという気持ちは本物だった。けれどある日から会社のトイレで吐くようになった。出勤時には過呼吸を起こし、家に帰ると意味もなく涙が出た。外回りの時は車に轢かれないかなと思い始め、しまいには内臓も悪くなり身体が最初に言うことを聞かなくなった。

「席立ちすぎじゃない?人いないんだから頼むよ」
すみません、お腹壊しちゃって。トイレに電話持っていこうかな~。
「膀胱炎?!変な男と遊んだの」
ははは。やめてくださいよー。

私はヘラヘラ笑っていた。
心だって疲弊していたはずなのに、慣れないことに身体だけがついていけてないと思っていた。

遂に会社の最寄り駅で降りられなくなり、終点へ。退職を決意した

単に仕事が辛かったのか、理想と現実の差が私を辛くさせたのか。今すごい疲れた顔してるだろうな。大学の同期は仕事もプライベートも楽しそうにしてていいな。仕事って何だろう。お給料って、悲しい事への対価かもしれないな。バリキャリOLって何だ。バリキャリサラリーマンとは言わないだろう。田舎者が東京に夢を見過ぎたんだ。

1年も働いてないくせに、一丁前にぐるぐる悩むようになった。そして遂に会社の最寄り駅で降りられなくなった。
こういうのドラマとかCMで見たことあるな、私はこんなところまでありきたりなやつだな、とぼーっとしながら思ったのを今でも覚えている。
終点で降りて一服した。仕事を辞めようと思った。

「折角入れたのに、もう辞めるの?」
「やっぱりゆとりかあ」
「勿体ないよ」
周りにも上司にも家族にも、予想したことは全部言われた。でも私にはどうでもよかった。びっくりするぐらいにどうでも良かった。多少親には申し訳なく思ったけれど。
やりたかった事がひとつ、終わったんだと感じた。

無理をした前職と自然体の現職。今では昔の恋人を懐かしむような境地

無職の期間を経て、私はバーで働き始めた。
華やかに見える夜の仕事は地味で泥臭くて酒臭くて体力仕事だ。前職と同じで外側から見るとキラキラしているのだ。どの仕事だってそうなのかもしれない。
昼間の仕事も夜の仕事も大変さはそれぞれで、どちらが楽というのはない。
カウンターの中の人間は時にはカウンセラーのように、またはピエロに、たまには真剣な態度に自分を変えなければならない。1分1秒がナマモノで瞬発力が大事な仕事だと思う。
ただ大きなお金を扱う前職は、とてつもない責任がついて回っていたのだと思った。弱くて妙に繊細な私には、きっと向いてなかったのだろう。
無理していた前職と自然体でいられる現職。
今ではもう昔の元恋人を懐かしむ境地になっている。
現在店長という肩書きまでいただき、従業員を使う立場になり、男性ばかりの中で毎日仕事漬けである。
パリッとしたスーツも書類の入った鞄もないけれど、欲しい物はある程度なら手に入る。もしかしたら、一度夢見たバリキャリの類に近づけているのかもしれない。

まわり道だらけで全然計画通りにいかなくて、怖いぐらいに人生はどうなるか分からない。
頑張ることは大切だがそれが全てじゃないと分かっただけでも、前に進めていると信じたい。