決して恋ではなく、愛だった。
当時18才だった私は、大学進学を機に、「東北の都会」と言われる仙台へと引っ越した。
私の出身は、東北の中でも北にある、小さな村だった。Suicaを使って電車に乗るのも、1日に何本も行き交うバスを見るのも、サイゼリアに入るのも、私は初めてで、ドキドキしたのを覚えている。
でも、そんな楽しい気持ちは、1週間ほどで薄れていた。
家族に会えないのが寂しい。初めての一人暮らし。今までろくに家事を手伝ってこなかったせいで、自炊も掃除も下手くそ。
心細さで涙がポタポタ溢れてくることもあった。不安だった。
宅配便の勘違いで出会った花香は、バイトもご飯も自然といつも一緒に
1人暮らしを初めて1ヶ月程経過した、ある日のこと。
ピンポーン。玄関から音が聞こえた。宅配便かな?
私はドアを開けた。
「お届け物です」
宅配便は、私宛ではなく、隣の住人のものだった。荷物を受け取ったのは、私と同世代の女の子。
「やば、間違えて出ちゃった」
恥ずかしくなってドアを閉めようとしたとき、女の子と目があった。
宅配便の人が去っていき、2人で数秒間見つめ合う。沈黙を破ったのは、私。
「一緒に、カレー食べませんか」
昨日作ったカレーが大量に余っていた。女の子は頷いてくれた。
女の子は、花香と名乗った。関東出身で、同じく大学1回生。不思議と、生い立ち、恋愛、好きな本や漫画……の話が続き、居心地が良かった。
1人暮らしが寂しかった私達は、隣の部屋ということもあり、自然と集まって沢山話をするようになった。ご飯を食べ、毎週どこかへ出かけ、バイトも一緒にした。
沢山の他人が行き交う街で、私達は寄り添い、友情以上の何かがあった
花香はしっかり者(特にお金)、私はうっかりやさんだった。私達は性格は違っても、価値観が似ていた。花香も私もきっちりお金を割り勘したし、約束を守っていた。
いつの間にか私たちは、似たようなものを好み、お互いの嗜好や生活パターンを把握していた。
花香の好むのは闇金や殺し屋の出てくるアングラな漫画や映画、でも動物がひどい目に合うのは嫌。
朝起きるのは苦手、レポートは前日にやるタイプ、夜型、無駄遣いはしないけど、映画やプラネタリウム、観賞系はお金をかける……。
故郷に帰りたくて寂しい夜は、2人で身を寄せ合って、1つのベッドで眠った。真夏の夜に、クーラーできんきんに冷えた部屋で眠る時。じんわりと相手の体温が伝わってきた時、私は1人じゃないのだと実感できた。
沢山の他人が行き交う街で、私達は寄り添ってきたのだと思う。そこには、性欲もなく、打算もなく、友情以上の何かがあった。
私は田舎娘で、世間知らずだった。
男の人と初めて付き合った時、来たい、と言われたので、アパートへ呼んだ。いきなり、ベッドに押し倒されて、体の関係を無理に強要されて悲鳴を上げた。花香は、隣の部屋から異変を察して、駆けつけてくれた。男の人を部屋から追い出して、私を思いっきり抱き締めてくれた。
花香は、私が泣き止むまで傍にいて、隣で彼女が作った物語を話してくれた。闇金の男が出てくるストーリーだったのを、今も覚えている。
彼女は、「あなたの体が心配」と言ってくれた。私の心を守ってくれた。暗い夜に彼女の言葉が、灯火のように、私の中で温かく光っていた。
出不精な花香を旅行に連れて行き、花香の真似をして小説を書いた
花香は、映画が好きだった。学校が休みの日には、2人で映画を何本か借りて、お菓子を食べながら、夜遅くまでお喋りをして、だらだらと見た。彼女は特にホラーが好きだ。怖い系が苦手な私は、そんなシーンでは目を瞑り、彼女に抱きついた。
「怖い所が終わったら教えて」と言って。彼女は、私の手を握って、頷いてくれた。
私は、旅行が好きだ。彼女は出不精だったけど、私に付き合ってあちこち出かけてくれた。卒業式の日に彼女から貰った手紙に、「私を連れ出してくれてありがとう」と書いていた。
花香は、小説を書く人だった。私も真似をして、パソコンに小説を打ち込んだ。カフェで小説を書いて、お互いに読み合って、感想を話した。その経験があるから、今私はこうして文字を打っている。
普段はすき家やマックへ行って、特別な日には、飲み屋やバイキングに行った。すき屋は花香に出会うまでほとんど行かなかったが、彼女の付き添いで行くようになった。
クリスマスかお正月明けには、大体、温泉旅行をした。花香は朝ゆっくり眠るので、私だけ朝風呂に入りにいくのが恒例だ。
私は旅行先で料理や風景の写真を撮るが、花香は撮らなかった。
「写真は好きじゃない」と。他の友達と出かけるときは、周りに合わせて渋々写真を取るけど、私には全てをさらけ出しているから、撮りたくないものは撮らない、とも。
花香と私の数年間の暮らした日々は、愛だったんじゃないの
大学4年間、私達は共に暮らした。穏やかに過ぎていた。気疲れすることも、大きな喧嘩をすることもなかった。
「卒業しても、最低でも年1回は会おう」
花香は何度も私に念を押してくれた。卒業式の日に貰った手紙には、
「あなたに会えたかどうかが、私の大学生活が彩るか否かの分岐点だった」
と、綴られていた。私も、本当にそう思った。
卒業して、私は田舎へ、彼女は関東へと戻った。
今、私は田舎のアパートで一人暮らしだ。しかし、彼女と暮らした日々は、映画、小説、食事……と私の中に習慣として残っている。
今では、私は彼女が読んでいたアングラな漫画の続きを自分で買い、時々小説を書き、1人ですき家へ行きご飯を食べている。
距離は離れているが、花香とは年1くらいのペースで会っている。電話もたまにする。この交流はずっと続いていくと思う。
いつか結婚するのならば、花香のような人がいい。恋よりも、愛のある人と家族になりたい。花香も、結婚するなら、私のような人がいい、と話していた。
彼女と私の数年間の暮らし。私は、思う。
この日々は、愛だったんじゃないの、と。