高校生になるまで、私は「働いているお母さん」に出会ったことがなかった。それは私のふるさとが都心にあり、比較的裕福なエリアだったからだと思う。

私の家庭の場合、父親は土日も働き、母親は専業主婦でずっと家にいた。母はいつも父の顔色をうかがい、父は父で自由に生きていた。

幼い頃から自分や周りの家庭を見て、潜在的な「偏見」を持っていた

周りの家庭も似ていた。小学生の時、放課後にいつどの友だちの家に行っても「お母さん」がケーキやお菓子、ジュースを出してくれた。そして、「お父さん」が帰ってくる前には絶対に家に帰る。お父さんファーストなのだ。

どの家庭もそれが当たり前だと思っていた。「お母さん」は家にいて、「お父さん」は外で仕事をする人、という潜在的な偏見を持っていた。

そんな環境下で育ったからこそ、後々出会う働く女性が新鮮でかっこよく見えた。高校、大学と年を重ねるうちに「働くお母さん」がいることに気付いたのだ。無知で恥ずかしいが、最初はそんな人存在するんだ、と思った。

母には昔から、「大きな会社で事務職をやりなさい」と言われていた。当時の私は意味を理解できていなかったが、今ならわかる。大手の一般職に勤めて、大手の男を捕まえ結婚、そして家庭に入りなさい、ということだと。

大学卒業後、私は一般職とは似ても似つかない職業を選んだ。その業界は女性が生き抜いていくには相当な覚悟が必要な世界だった。

そして、そこで出会った初めてのボスがこう言った。「この先仕事でどんなに理不尽なことがあっても人前で泣かないこと。泣いたら『女』ってレッテル貼られるよ」と。

女だからってキャリアを諦める必要はない、そんなのは彼女にとっては大前提。たぶん、その先にある何かと戦ってきたんだと思う。

働くって大変なことだけど、自由も得られるし人生に価値を見出せる

彼女は50歳になって新しい業界・業種で、第2の人生を歩んでいた。彼女は旦那さんのことも、子どものことも、仕事のことも、全部いきいきと話していた。

「子育てをするにも社会と繋がりがあったほうが楽しいよ」と言われた。彼女と出会って、人生において働くことの重要性に気付かされた。

働くって大変なこと。でも働くことで自由も得られるし、私のボスみたいに人生に価値を見出すこともできる。

私のふるさとがあるおかげで、働くということに対して強い気持ちを持つ

私は社会人になった年に家を出た。実家から出る必要は何一つなかったが、それでも家を出た。

愛猫と会えなくなると思うと悲しかったし、何でもやってくれる母がいないことに不安も感じた。それでも私は自分の足で生きていくことに価値を見出し、「自立した女性」になりたかった。

幼少期、病弱だった私は家に母がいなかったら相当困っていたと思う。専業主婦だった母には感謝しているけど、私は結婚しても働く。令和の時代に当たり前と思うかもしれないが、私にとっては大きな決意だ。

地元の友達は口をそろえて「専業主婦になりたい」と言っている。そして、今も地元から出ている子は珍しい。

私はキャリア志向もないし、エリート志向もない。自分がやりたい仕事ができればそれでいい。地元の友達と比べると、順風満帆なレールからは外れてしまった気がする。

でも私のふるさとがあるおかげで、私は働くということに対して強い気持ちを持てる。働く女性が少なかった私のふるさと。私のふるさとでの生き方はしない。

私は、一生働く。