「また会える?」
昼休みのカフェで、何度も書いては消したメッセージ。返事がないことにため息をつきながら画面を眺めるなんて、もう何年ぶりだろうか。
1時間だけの昼休みも、仕事に戻った後も、ずっとそのことを考えていた。私にもこんな乙女の部分がまだあることに少し自分でも引いたが、頭から焼き付いて離れない。
もういい歳して何をこんな……とも思ったが、手につかなくなるほどの「好き」はアラサーのOLの生活リズムすら壊した。
「やっぱり今は送らないでおこう、ガマンガマン……」
スマホを閉じて会った日のことを思い出す。
夏の夜の公園。友達だった彼と、たくさんの話をした
あの夜私たちはキスをした。
2人で会った夜の公園では、夏休みの若者が花火をしたり、親子で虫取りしたり、思い思いの夏を過ごしていた。夏の雰囲気でいっぱいのじめっとした8月の夜だ。
ただの友達だった私たちは、公園のベンチで缶チューハイを飲みながら話をした。
その公園には野球場もあって、日中は草野球でもしているのだろう。中に入ってみたかったけど南京錠がかかっていた。じゃー飛び越えよっか?なんて言いながら、到底飛び越えられない高さの金網を見て2人で笑った。
誰もいない球場を眺めながら、世界に私たちしかいないような感覚になった。
私たちはいろんな話をした。
趣味の話、目が悪いこと、遠くに住む家族のこと、友達のこと、私は夏が好きなこと、君は冬が好きなこと。
君とは同い年の友人で、たまに電話をしては毎回何時間と話すような仲なのに2人で会うことは初めてだった。なんだか、周りの人には説明できない2人の繋がりがあった。
「暑いから家、行っていい?」
君が言う。
ごくごく自然に「いいよ」と答える自分がいた。
割り切った関係には慣れていた。だけど、君だけは特別で…
その夜キスをしたのは私の自宅だった。
意外と不器用なキスをする君に対し、こういうことにすっかり慣れ切ってしまっている自分を情けなくも思った。
このままいつものように行為に身を任せることもできた。お互い大人だし、割り切った関係も慣れたものだった。だけど、君だけは特別でいてほしかった。
「しても良いけど、私は、好きだよ」
思わず口走った告白。
面倒くさい女の象徴的なセリフ。
今までの人生で避けてきたはずだったのに、もうそんなセオリーもどうでもよくなるくらい。好きだったのだと思う。
言うつもりがなかった気持ちは気づいた時にはもう拾えない、君の耳に届いてしまっていた。
「そんなの、ずるいよ」
君はそう言うと、
「じゃあ今日は何もしないから」
と続けた。私たちは手を繋いで眠った。
私の告白を聞いた君は、どんな顔をして帰ったのだろう
起きたら君はいなかった。
あぁ夢だったんだな、と片付けるには少しリアル過ぎて諦めきれなくて、頭痛が止まらなくて、何も言わずに帰るなんて、もう会えないんじゃないかと虚無感でいっぱいだった。
「ごめん、私寝ちゃった また会えるの」
起きがけの思考停止のメッセージも、君に届く自信はまるでなかった。
時期尚早の場違いな告白はただ君を困らせた。それなら友達のままでよかった、家には来ないでと言えばよかった。
「ごめん、寝れなくて帰っちゃった。」
数時間後に来た君からのメッセージ。
重過ぎた私の告白。どんな顔して帰ったのか。この数時間何を思っていたの。この返事をどう捉えればいいのか。反芻する昨日の酒の味、二日酔いの頭痛。
「次は、こっちで飲もう」
返事に悩んでいる私に君からのメッセージ。
あぁまた会ってくれるのか、とも思ったが優しい君のことだから、その場を取り繕うための言葉のように見えて仕方なかった。
「うん、そうしよっか」
と私が返して以降、返信は途絶えた。
私たちの関係は巻き戻る。あの夜の出来事はなかったかのように
きっともう会えない。
自分の根拠のない勘でそう思った。しかし、私のこの勘は悲しいほどによく当たる。
「あぁ、また最悪。好きな人には好きになってもらえない」
返事のない日々が重なるたびに、勘が確信に変わっていくのがつらかった。
男には代わりがいるんだが、君の代わりは、君の代わりだけはいないような気がしていた。
「つらかったらさ、俺に電話してくればいいじゃん、俺も、するし。他人に話すと違うっしょ。気の利いたこと言えないけど話くらいはいくらでも、聞くからさ」
いつもの電話の中で君が言った言葉だ。その瞬間から心のどこかで拠り所にしていた部分があった。
私たち、もう大人だから、スキじゃなくてもキスをするし、いなくなったらもう追いかけたりしない。
だけど君に対しては大人になれなくて、好きだと伝えた答えは聞きたかった。
1週間後、君からなんてことのないメッセージが来て、私たちの関係は巻き戻ってあの夜の出来事はなかったかのように平然としていた。
私たちの関係はまだまだ続く、はず。