昔から、こつこつと地道に努力することは苦手ではなかった。というか、あまりにも不器用で要領もそれほどよくないので、こつこつと人の何倍も努力しないと追いつけないことがたくさんあった。そのせいか、気づけば継続することも割と苦手ではない人間になっていた。
日記は、小学校高学年からずっと書いてるし、ピアノは15年ほど続けていた。そんな私がやりたかったことの一つに、文章を書くことがあった。
初エッセイは、モヤモヤや疲労感が勝ってしまい上手くいかなかった
昔から読書感想文は得意で、クラス代表に選ばれたり、児童書のHPに記載されたりしていた。けれど作文では注目を浴びず、弟が毎回賞状を持って帰るのを横目に見ているだけであった。
弟ばかりが褒められるのが悔しくて、私も弟をまねて小説を書いてみた。けれども、まったく上手くいかなかった。
言葉が出てこない。物語がどんどん横にそれていく。人より読書はしていたつもりだったが、完成させることはできなかった。
「かがみよかがみ」を知ったきっかけは、大学の友人が投稿している話をしてくれたことだった。彼女の話を聞いて、私も書こうかなと思った。
1本目は上手くいかなかった。何とか完成させたが、達成感よりも、上手くまとまりきらないモヤモヤや疲労感が勝ってしまい、しばらく書くのはやめようと思った。それは半年前のことである。
完璧でなくてもいいから、続けて「自分が納得できる文章」を書きたい
半年たった今、夏休みの間にやっておきたいことはないかと頭の中を巡らせて思いついたのが、これだった。学生生活が終わってしまう前に、もう一度挑戦してみようと思った。
このところ、周りの人間関係で自分を見失いそうになり、自分を出す場所が欲しかったというのもある。完璧でなくてもいい。とりあえず完成させて続けていけば、いつかは上手くなって、自分が納得できる文章が書けるかもしれないと思った。
実際に書き始めていくと、思っていたよりも楽しかった。失敗してもいいと思って書き始めると、無理せずに書き続けることができる。このエッセイは今日3本目だが、まだ飽きは来ていないし、もっと書ける気もしている。
自分の感情と向き合い、それを言語化するとワクワク感でいっぱいになる
エッセイを書くことって、こんなに楽しいんだなと思えた。自分の感情と向き合いつつ、それを言語化して読んでくれる人を想定して文章を作っていく過程が、頭の中が整理される感覚と、自分の感性で新たなものを作り上げるワクワク感でいっぱいになっている。
もちろん自分の文章がつたないのは重々承知の上である。国語の成績は格別よくはなかったし、文章構成は、弟にもよくアドバイスをもらっていた。
それでも、今完璧なものを出すのではなく、継続させて、5年後、10年後に完璧だと思えるものを出せればそれでいい。今はそんな気持ちでエッセイを書いている。
文章を書き続けることで、自分の新たな自己表現の場につながればなと思う。そして、読んでくれた人が読んでよかったと思えるものが作れるようになれば、きっと完璧になれる日は近いだろう。