エッセイなんて、これまでの人生で書いたことはなかった。というか、エッセイ自体に興味はなかった。

私は小説を読むのが好きだが、作者が出したエッセイは敢えて読まずに避けてきたくらいだ。心のどこかで、面白くなさそうだし、どうせ読んでも得られるものは何もないんでしょ? くらいに思っていた。

私は27年しか生きてきていないけれど、ありのままに書こうと思った

ところが今の私は、そのエッセイを自分で書いてしまっている。驚きだ。きっかけは、妊娠中に家でできることを探し始めたことにあった。

コロナで外出もままならない毎日、ちょうど夫からお下がりのパソコンをもらったので、それをフル活用してみようと思ったのである。色々な公募を検索し、片っ端から応募してみる。その中に、ここ、「かがみよかがみ」の募集を見付けたのだ。

まだ27年しか生きてきていないけれど、私が日々感じていること、これまでのこと、これからのこと。

それらをただありのままに書きさらけ出してみようと思った。始めは手探りだった。今までまともに文章を書く機会は少なかったから、いくら自分のこととはいえ何を書いたら良いのか分からなかった。

そこで参考までに、今まで避けてきた好きな作者のエッセイを買って読んでみることにした。なるほど、こういう風に書くのか……。学べることはいっぱいあった。

不器用だが、私なりに「一生懸命書いたエッセイ」はどれも愛しい

私は私なりに、色々考えながら日々を生きているつもりでいる。仕事のこと、夫婦のこと、世の中のこと、そして自分自身のこと……。

頭の中がパンクしてしまいそうなくらいに考えているはずなのに、いざエッセイを書こうとパソコンに向かうと、まるでそれらは頼りない風船みたいにどこかに飛んで行ってしまう。上手く言葉にできないというか、何ともまあもどかしい気持ちに襲われるものだ。

私はリアルでも話すことが上手くないし、会話の途中で良い言葉が見付からずに話せなくなってしまうこともある。しかしエッセイなら、じっくり考えながら自分の想いを表現できるかなと思ったのだが……。そんなに甘くなかった。

私の語彙力が足りないだけなのか? 上手い言葉を使おうとし過ぎて、本当の気持ちを伝えられずに空回りな文章になっているだけなのではないか? 色々考えたが、未だに正解は見つからない。

不器用だが、私なりに一生懸命書いたエッセイはどれも愛しいものだ。これらを読んでくれる人に、何か一つでも与えられたら良いなと思う。

試行錯誤しながら書いたエッセイが、「誰かの心」の役に立てばいいな

エッセイは、自分の気持ちを表すとともに、自分自身をゆっくり振り返ることだと思う。忙しい現代では、なかなか難しい。毎日の慌ただしい生活の中で、ゆっくり自分を見つめる時間なんて果たして取れるだろうか。ましてや色々な情報が飛び交う中で、自分の素直な気持ちと向き合うことなんて、出来るだろうか。

私自身も、やらなきゃとは思いつつ、なかなか行動には移せていない。一日の中で、誰かとの会話の中で得た生き方のヒント、ふと見つけた景色の中に感じたこと、誰かのやさしさに触れた瞬間――。それらは間違いなく、自分の人生を豊かにしてくれるものだ。

しかし、それを他人と共有するためのエッセイを書くことは、簡単なようで難しい。写真のように自分が見たものを直接伝えられるわけではないし、対話のように表情や抑揚で感情を表すこともできない。

一見無機質な文章の中で、人の心を動かさなければならない。いや、これを書いていて思うが、本当にエッセイは奥が深いなと実感する。

自分自身についてゆっくり考えて、ちぐはぐな文章にして、何度も試行錯誤しながら書き上げた文章。これが少しでも誰かの心の役に立つことができるなら、きっとそれ以上に嬉しいことはないだろう。