「ってかさ、ずっと思ってたこと聞いていい? あいの彼氏と会ってるの?」
「え……どういうこと?」
まさか。
まさか自分が一年半以上もの間抱えていたモヤモヤの正体が、根も葉もないでっち上げだったとは思いもよらなかった。

物心ついた頃には大嫌いになった自分の容姿。

ありがたいことに私は、幼少時代より周囲から容姿をよく褒められた。
子供は素直だ。褒められるとどんなことでも素直に喜びで受け止める。
いつからだろう、容姿を褒められても素直に喜べなくなったのは。
両親の仕事の関係ですっかり転勤族となっていた私は、どこまでも「注目の的」で、どこまでも「よそ者」だった。

方言が違うとたちまち寄ってくる異性。
顔すら見たことのなかった先輩に告白され、その翌日からクラスメイトから虐めを受けるようになった。
我ながら救いようのない話だが、私は昔からアイドルにしか興味がない。

私の現実に存在する異性には微塵の好意すらなかった。
そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、想われ人からのアプローチは絶えなかった。
小学、中学、高校は同性からの逆恨み、妬み、嫌がらせのオンパレード。

物心ついた頃には自分の容姿など大嫌いだった。
長かった学生時代が終わる春。
やっと、やっと、この支配からの卒業だ、と某シンガーソングライターの歌詞のようなことを思ったものだ。

専門学校に入学して二年目の春。クラスで感じた懐かしい孤独感

そして清々しい気持ちで通い始めた社会人の専門学校。
社会人ともなると、あんな面倒なことは早々起きやしないだろうと高を括っていたあの頃。
資格を取るためだけにひたすら勉強の鬼と化し、参考書に絶対服従の契りを勝手に交わしていた裏で、事は怪しい雲行きだったとは知る由もない。

専門学校で仲の良い友人が二人(仮名:あい、さおり)ができた。
あいとは教室の席が前後だったこともあり、直ぐにスクールタイムの大半を共に過ごすようになった。

あいは所謂”恋多き女”だ。他の学科の学生とSNSで連絡を取っては恋人になる、何とも現代らしい女の子だった。
彼女のそんなところを嫌いだとも思わないし、さして好きだとも思わない。
あいが恋愛話をしたそうな雰囲気を察した際に話を聞く、そんな距離感だったのだが、今思えばそれがいけなかったのかもしれない。

入学して二年目の春頃だろうか、クラスメイトからじわじわと感じる違和感と孤独感。
「あぁ、懐かしい」だなんて感傷に浸っている場合ではない。
ふと気がつくと、あいとさおりが異常なまでに素っ気ないのだ。

私は何を仕出かしたのか、まるで長編映画を巻き戻すかのように記憶を辿る。
何日も辿った。
辿った末分かったことは、「何も分からない」ということだけ。
あいとの関係は、元に戻っては崩れを繰り返した。

友人から放たれた妙に冷たい空気。突然投げられた言葉に固まった私

社会人は淡白だろうと余裕をかましていたあの日の自分に平手打ちをしたい。
学園祭や海外研修など楽しめるイベントも盛り沢山だったはずが、否めない疎外感と周りからの視線に私はすっかり萎縮しきった。

こんな意味不明な時間を一年半以上送りながらも、資格試験に本腰を入れる時期が訪れる。
あいは他学科の恋人と勉強すると言い、私はさおりと学校近くのカフェで勉強をしていた。
「こんな時間だ。そろそろ帰らなくちゃ」
「本当だ」
そんな会話をしてバス停まで並んで歩いた。
受験シーズン、厚手のコートでも寒さには勝てない冷え切った夜。
暗い、冷たい、怖い。
気候のせいだろうか。
いや、きっと違う。

それは明らかに、さおりから私に対して放たれた空気だ。
このままでいいのか、何か、いま伝えなければいけないことがあるのではないか。
自分に何度も問いかけるも口が開かない。

「ってかさ、ずっと思ってたこと聞いていい? あいの彼氏と会ってるの?」
さおりから放たれた言葉に、文字通り私は固まった。
「え……どういうこと?」
あいの彼氏?誰だ?あぁ、他学科の彼か。
お昼休み、コンビニでたまたま会った際に「こんにちは」と挨拶をする程度の関係性である友人の恋人と、何をどうしたらそんな話になっているのか。それも、自分の全く知らないところで。
意味が分からなかった。

逃げてばかりの自分と向き合えた夜。違うことは違うと言葉にできた

萎縮するな、向き合え。自分の言葉で話せ。
今にも逃げ出しそうな体を、私の心が許さなかった。
恋愛事はもう懲り懲りと、背を向け解決しようとしなかったいままでの私に、向き合え、と心が背中を押した。

「さおり、聞かせて、私も全部話したい。」
何もかも全て打ち明け合った。
私がSNSで自分の恋人に連絡をしている、私と彼が放課後一緒に下校している、など私とあいの恋人との根も葉もない出来事を、あいがクラスメイトに話していたという。
私が一年半以上悩まされていたクラスメイトから感じる違和感の正体は、ただのでっち上げだったのだ。

何とも気の抜けた瞬間だった。
何より、私自身が何かをしてしまったわけではなかったのだと心底安堵した。

無事資格試験に合格し専門学校を卒業、皆それぞれ就職し、あれから何年も経った。
あいとは連絡さえ取らなくなってしまい、現在どこで何をしているのかも分からないが、それでも彼女がいたからこそ、逃げ腰だった自分と決別できたとも思う。

あの日から私は、違うことは違う、と。
おかしいことはおかしい、と言葉にできる人間になった。

変われた事が要因なのかは分からないが、一生と呼べる友人も増えた。
さおりとは今でもお互いに求めるように会い、相互に何でも打ち明けられる良い関係を築いている。

あの夜、さおりと、そしていままで懲り懲りだと逃げてばかりだった自分と向き合った。
何年も前のことになるが、あの暗く冷たくも火照ったあの夜を、私を変えたあの夜を、私は一生忘れることはないだろう。