高校生の頃、一度だけ夏の夜に素敵なデートをしたことがある。
私はお上品な女子校の生徒だったので、恋愛なんて大人っぽいことは、さながら手の届かない舶来の品で、ただただ憧れに胸を焦がすだけの日々を過ごしていた。
愛らしい女の子と微笑みあい、一方で男の子とは話すことさえ稀な慎ましく清い高校生活。
SNSで知り合った男の子と、ひょんなことから花火を見に行くことに
そんな私がどうして男の子と出会ったのか?
それはSNSのおかげだ。
当時は主流とも言えた「GREE」で知り合った、ゆうくん。彼とはよく絡んでいて、お互いの好きなことから悩みごとまで、いろいろな話をする。近隣の共学高校に通っていることも知っていたし、顔写真も見たことがある。更に、中学の友人と彼は同じクラスだという。
ある夏の日のこと。
「花火大会いいなー! 花火見たい!」
何気なく投稿したつぶやきに、ゆうくんから返信が来た。
「行く?」
あんまりにナチュラルだったので、私も「いいねー! 行こ!」なんて軽く返して、とんとん拍子に話がすすみ、二人きりで花火を見に行くことになってしまった。
SNS上で知り合った人とは会ってはいけない、とよく言われる。同年代の子たちが犯罪に巻き込まれたなんてニュースもしばしば巷を騒がせる。
両親に正直に言えば、きっと反対されるから「友達と行く」と嘘をついた。
「……もしゆうくんがやばい人だったとしても、大きな公園内だし、最悪、人混みにまぎれて走って逃げれば大丈夫」
合流した初対面の男の子と眺めた花火はあっという間の時間で…
待ち合わせ場所に着いた。
それらしき人を探していると、白シャツに黒のベストを合わせた長身でメガネの男の子が近づいてくる。
ややぎこちなく、「ゆかりちゃん?」と聞かれたので頷く。今すぐ逃げる必要はなさそう、と私はほっとした。
適当な場所に並んで座り、リンゴ飴やラムネを楽しみながら二人で花火を眺める。
花火なんて子どものとき以来で、大空に咲く大輪の花にうっとり見とれていた。ゆうくんと他愛もない会話をしながら鑑賞しているうちに、打ち上げは終わった。
綺麗だったね! あっという間だったね、なんて言い合いながら、ぞろぞろと人混みにまぎれて歩く。
電車で帰るつもりだったけど、親切にもゆうくんが家まで送ると申し出てくれた。
せっかくなら、もう少しこの非現実的な夜の余韻に浸っていたい。私は、自転車の後ろに跨った。
たった一度の門限を超えた夜。自転車の後ろから見た宝物の景色
「しっかり掴まってて」
自転車が走り出す。
時刻は、十時を回った。
普段ならとっくにお風呂から上がって部屋でのんびりしている時間に、男の子と二人、外にいるなんて。
悪いことをしているみたいでどきどきする。
だけど、とっても楽しい。少しだけ大人になったみたい。
SNSを介さないゆうくんとの会話。
昼とは装いの違う街の景色。
信号の光、街灯の明かり、車のヘッドライト、街中がきらきらと光っている。
空を見上げれば、欠けのない満月、無数の星屑がきらきら輝いている。
宝石みたいな、綺麗な光景。
真夏の夜の夢のような、儚く淡い恋心。
握っていたシャツを離して、そっとゆうくんの腰に腕を回してみた。シャツから背中のぬくもりと、しっとり汗に濡れた感触が伝わる。ほのかに洗剤の香りがした。
夜が明ければ、日常が戻ってくる。
その後、ゆうくんとの関係は進展することなく、私がメインのSNSをTwitterに乗り換えるまで穏やかなコメントのやり取りが続いた。
あの頃、私はつまらない日常に飽き飽きしていた。毎日毎日、狭い教室に詰め込まれて勉強ばかり。波風立たない平穏な高校生活に飼い殺されている、乙女の園の子羊。
たった一度の門限を超えた夜の街。
夏の夜の夢のような、儚く淡い恋心。
今でもあの夜、自転車の後ろから見た景色は私にとって大切な宝物だ。