「あの夜があったから」なんて、あとに続く言葉は前向きなものであるはずがない。
本当に一緒にいたい人とは連絡が取れなくなり、かといって1人で逞しく生きるのかといえばそうでもない。
心地よいものに一度触れてしまうと、それを失ったとき耐えられなくなる。
それはいわば、あの夜があったから、わたしは弱くなったとも言い換えられるわけだ。
包み込むようなセックスに安心して泣いた夜、優しさを知った
2年前の冬。ネットで知り合った紳士に恋をして、親に「友達の家に泊まる」と嘘をつき2人でホテルに入った。
彼のことはFと呼ぶ。Fは、以前付き合っていたモラハラ気質の男性とは違って、あたたかく包みこむようなセックスをした。挿入のとき、わたしが痛みに顔を歪めると「大丈夫?やっぱりやめておこうか」と身体を離そうとした。
男性に、しかも行為中にこんなに労られたことなんてなかったから、安心して泣いてしまった。Fは突然泣き出したわたしを見るとびっくりして、ひどく心配したようだったけど、嫌がっていないとわかると柔らかく大胆に抱いてくれたのだった。
あの夜、わたしは、優しさを知った。
Fと別れ出会ったAに、これが愛かと直感しはずだったのだけれど
1年前の冬。Fと別れて一通り暴れ回った後。これまたネットで知り合った年下の可愛い男の子に恋をして、これまた親に「友達と遊ぶ」と嘘をついてホテルで抱き合った。
彼のことはAと呼ぶ。Aは、これまで出会った誰よりもわたしのことを「可愛い」と言ってくれたし、口先だけでなく本当に、こんなわたしに見惚れている瞬間が何度もあった。
まるで美しい彫刻を見るように恍惚とした眼差しを向けられるとき、2人の間でゆったりと流れる時間は永遠だと思った。そのうえAは寛大で、わたしがストレスでパニックを起こすといつも電話でなだめてくれた。
現在、Aと連絡が途絶えて3ヶ月が経つ。あの夜は、これが愛か!と直感した、はずだったのだけれど。
自暴自棄の現在。行為中垣間見える優しさで相手の「好き」を推し量る
現在。夏。Aと別れて暴れている最中。
ネットの友人と会ってみたら、顔がめちゃくちゃタイプだった。彼のことはKと呼ぶ。
Kは服のセンスもいい。話すとなんだか気が抜けて、たまに面白いことを言って、そのうえ甘い匂いがする。林檎みたいな、秘密っぽい匂い。それに誘われるようにして、うっかり3回目のデートでセックスした。
穏やかな夜さえ体感してしまったがために、身体を差し出して、行為中垣間見える弱々しい優しさで相手の「好き」を推し量る。自分が相手を好きかなんてどうでもよくて、相手が自分を好きか確かめたいだけの交わり。そのはずだったけど、Kとセックスしたあと気が付いた。
やっぱりわたしは3ヶ月前に連絡のつかなくなった年下の彼が、Aが、大好き。
取り返せない夜がいくつ増えても手を伸ばして、何度だってゼロになる
ついさっき、セックスして以来初めてKに会ってきた。月の画像を送ってきて、「月が綺麗ですね」と言われたから。
Kは文学に触れてきたロマンチストで、白々しく愛の告白を寄越してきたのか。もしくは、ただ本当に月が綺麗と言いたかっただけなのか。確かめようと思った。もちろん直接問い詰めたりはしないのだけれど。
"目的もなく"歩くわたしたちは、間をもたせるためにスターバックスコーヒーに寄る。そこで買ったアイスのチャイティーラテがお腹を冷やしたようで、なんだか体調が悪い。吐きそう。
そういえば、こういうことは以前何度も経験している。
わたしの身体は冷たい飲み物を飲むと調子が悪くなるのだった。"うっかり"口を滑らして、心配かけちゃったな。めんどくさい女になりたくなかったのに。ださ。
取り返せない夜がいくつ増えても、美味しい想いをしたいから手を伸ばして、何度だってゼロになる。冷たい飲み物を飲むと気分が悪くなると知っているはずなのに、アイスのココアを手に取るし、野菜ジュースだって飲んじゃう。飲んだあと体調が悪くなって、あ、そうだったと思い出す。そんな風にね。
1人ぽっちの帰り道、嫌味みたいに綺麗な月。どうせ掴めないのに。