2年前の夏の夜、電話越しに友人に言われた、あの一言が忘れられない。
「私、あなたの文字ファンなの」
大学3年生のあの夏。地方大学に進学した私と、東京の大学に進学した友人。中々会えないからこそ、誰よりも連絡を取っていた友人。

あなたの文字ファンなのと言われてから、あの言葉と夜が忘れられない

大学3年生の前期が終わり、あらかたの授業をとり終え、「ああ、いよいよ就活か」と、のんきに考えていた私だったが、それとは対照的に、案外周りは就活を始めていて漠然とした焦りもあった。

なんとなく、就職して、働いていくのだと腹をくくっていた。そんな中で、電話越しではあるが、二人ともお酒を片手に何時間も話した。
ほろ酔いになり、眠気が顔を出したころ、しみじみとした声でそう言われた。

「私、あなたの文字ファンなの。ずっと前から」
友人は私のSNSの文章や、会話の中からそう感じてくれたらしかった。その時は、「ありがとう」なんてありきたりな言葉を返し、「いつか私も言葉や文章を発信できたらいいな」なんて答えたが、心の中では、そんなことよりも現実的な就活だよな、なんて。

それは比較的涼しい夜で、壁の薄い、安いアパートの一室。隣の部屋からは、学生たちであろう女の子たちの浮かれた声がうっすらと聞こえていた。
それから2年経った今でも、あの言葉、あの夜がどうしても私の頭の中から消えない。

大人になるにつれて書くことが疎遠に。それでも、消えない夜がある

小さなころから本が大好きだった。文章を書くことが好きで、授業中なんかにノートの片隅に文章を起こしては消して、自分の中に秘め、殺してきた言葉たち。なんとなく人に文章を発信するのは恥ずかしくて、むず痒かった。それでも作文や標語のコンクールで賞をもらえた時には表現しがたい恍惚で胸がいっぱいになった。

でも、大人になるにつれてそんな機会はめっきり減り、あれから2年経った今は地方で就職をし、会社員として働いている。「ああ、これで私は社会人としてのレールに乗ることができた」とホッとしている自分もいる。
それなのに、どうしても私の中からあの夜が一向に消えてくれないのだ。

私は夜が好きだ。それもとっておきの真夜中が。夜更かしが好きで、深夜のラジオも好き。
大学に進学し、お酒を覚え、煙草を覚えたあの夜。カラオケでオールしたり、レポートに追われたり、色々な経験をしたあの夜。夜の思い出なんて、いくつもある。

特別みたいに思えるあの夜。このエッセイは、私の決意表明だ

それなのに、他愛もない電話のやり取りであの一言を言われたあの夜が、何よりも特別みたいに思える。その出来事を思い出すことは、私の頭の中にある小さなプレゼントボックスのリボンをゆっくりほどき、ふたを開け、両手ですくい出すような感覚になる。そしてじっくり眺めてから、またそっと箱にしまい、丁寧にリボンをかけ、大事にしまいこむ。

そうやって、眺めてはしまうことを何度も繰り返してきた。
それでも、SNSのちょっとした投稿や、会話の中で、私の言葉を拾ってくれて、好きだと言ってくれる人がいることに感動を覚えた。自分の言葉を拾って、受け止めてくれる人がいる、それが純粋に本当に嬉しかった。

そんな小さな喜びでいいのだ。このエッセイを書くにあたり、好きなように文章を書き、そっと置いてみる。ちょっとだけ気持ちを変えてみようと決意した。私は、この思い出をしまい込むことはやめる。ふたをあけ、いつでも眺められるように、飾ってみることに決めた。

このエッセイは、私の忘れられないあの夜の記録であり、私の決意表明です。
このエッセイを書いている夜がまた、私の忘れられない夜にきっとなる。