もう4年なのか、まだ4年なのか、まぁそこそこの時間が経ったけれど、まだ鮮明に思い出されるあの日の記憶。
大学4年生だった私の、忘れられない切ない、どうしようもなく救われない夜の話。
一線を超えた先輩のことを、好きなのかと言われたらそうではない
先輩から呼び出された私は、いつも通り可愛く化粧をして、先輩の最寄りの駅の改札を潜った。
約束の7分前。
電車をおりて左手の切符売り場の向こうの柱。
待ち合わせする時は私はそこで待っているという定番の場所に先輩は既にいて、めずらしいなと思った。
その年の七夕にに「久しぶりに会って飲まない?」なんて声をかけられて、付き合ってもいないのに先輩と私は一線を超えた。
高校の部活のひとつ歳上の先輩は、当時から私の憧れだった。
大学は別だったけれど、先輩が何しているのか、どこに住んでどこの大学に通っているのかなんてこのSNS時代、調べようとしなくても共通の知り合いから流れてくる。
恋愛感情としての好きだったのかと言われたらそうではない、けれどその先輩の生き方が私は好きだった。
飲みの席でやれ好きな人はいるのか、彼氏はいるのかなんて話をした後、飲み直しなんて都合のいいことを言う先輩にお持ち帰りされ、ペロリと食べられた。
それから先輩は、家がそこそこ近いことをいいことに度々私を呼び出した。
近いと言っても電車の乗り換え2回はなかなか面倒だったので、私はいつも自転車を40分漕いで、先輩の家に通った。
私の家には1度も呼ばなかった。
付き合うとかはできないと言ったのは先輩で、私はそれでよかったのに
昼の2時に私を呼び出した先輩は、「ちょっとその辺歩こうか」なんて少しカッコつけながら、でも少し不安な顔をしながら、ぽつりぽつりとたわいない話をした。
そして唐突に「高校の時の同期が結婚するんだって」と切り出した。
その同期のことは私も知っている。同じ部活だったんだから。
おめでたいね、と笑顔で先輩に答えた時の顔で、先輩が次に何を言おうとしているのか、私には痛いくらいに伝わってきてしまった。
そうして、私の予想と寸分違わない言葉を告げて、私を電車に乗せた。
先輩が私のことを好きだったのかは分からない。
けれどきっと弱みをみせすぎてしまった、そしてこの関係のままずっといられないことに辛くなってしまった、そして私のことを遠ざけたんだろう。
先輩に彼女はいなくて、私には彼氏がいなくて、なのに先輩は「付き合うとかはできないけど」といつも言っていた。
私はそれでいいよと伝えていたのに、先に耐えられなくなったのは先輩の方だった。
頬を伝うのは涙ばかり。先輩の存在が大きくなってしまっていたようだ
その夜はバイトがあって、どうにか働いて、夜遅くに帰ってきた。
帰ってきて家の電気をつけ、ご飯を準備する。
そんな気力もなかったけれど、いつも通り過ごさなければおかしくなってしまいそうだった。
ご飯を食べて、いつもだったら浴びるシャワーは浴びる気にならず、電気を消して布団に潜り込む。
しかし眠れるはずもなく、頬から伝うのは涙ばかり。
先輩の存在が私の中で大きくなってしまっていたようだった。
考えても考えても、先輩がなぜ私と付き合わないのか、でも体を重ねるのか、そして手放すのか、なにひとつわからないままだった。
そして1時間くらいたった頃、もう眠れないと思った私は、のそのそと布団から這い出た。
住んでいた家で唯一の窓を開け、外を眺める。
雨がしとしとと降っていた。
ひとりでいることに耐えられず、テレビをつけた。
テレビの中からは、その日が投票日だった総選挙の速報がせわしなくきこえてくる。
世界で起きているのが私ひとりでないことに安堵しながら、やめていた煙草に火をつける。
テレビの光を眺めながら、どうしようもない私が顔を出す。
ひとりでいるのがくるしい。
最低な夜、わがままで苦しくて、人の気持ちを利用し、自分を傷つける
耐えられず、中学生の頃から私の事を好きだと言ってくれている男に連絡をした。
彼が夜遅くまで起きていることを、私は知っていた。
LINEチャットで全てのことを打ち込み終わったあと、彼はひとこと「最悪だ」とメッセージを打ってきた。
先輩は、彼にとっても憧れの人だったから。
「憧れの人汚してごめん」
そう打ち込むと、「それも嫌だったけど、お前が傷ついたことが最悪だ。ひとりで平気?」と返ってきた。
彼は絶対私のほしい言葉をくれる。
分かっていたから甘えて、寄りかかって、最悪なのはずるい私だった。
今からでもそっち行こうか?と追撃してくる彼に、来てと言ったら本当に来てくれるだろう。
でもそれは良心の呵責が、なんて今更なことを思う。
彼を利用して、人を傷つけて、そんな自分を嫌いになって、そうでもしないと自分を立て直せなかった。
そのままふたりで朝の4時までLINEを打ち続けていた。
選挙速報が終わり、朝のニュースが始まる頃には私も落ち着いて、彼は徹夜で仕事に出ていき、私は大学へ行く前に少しだけ眠った。
最低な夜、私はわがままで、苦しくて、人の気持ちを利用して、そうして自分を傷つけて、自分が最低なことにしたかった。
朝が来ないでほしいとどれだけ願っても来てしまうことも、死にたいと思いながらも死ねないことも、よく分かっていた。
先輩のことは今でも時々SNSで情報をみてしまう。
あの夜があったから、私は自分がどうしようもないことも、辛いことも、受け止めて生きてこれた。
心は今でも痛むけれど、あの夜のおかげで、私はなんとか生きていける。